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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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第12章 裏取引
テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。歴史を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第11章までお読みください。

 一九一八年九月
大阪地方裁判所で大西哲夫を被告とした公判が開かれた。裁判は、なぜか非公開となったため傍聴は許されなかった。また、大西との面会も弁護士以外は許されず、龍一は、はがゆい気持ちにさせられた。今からでも遅くはない。自分が執筆者であることを公にしようと考えたが、大西と話ができない状態では、どうすべきかが全く判断しようがない。仮に自分が執筆者であることを告げても、大西が免責されるわけでもない。記事の名義人としての責任が問われることとなり、また、取り調べに対して虚偽の証言をした罪も加わり、さらに重い罪に問われることになる。どちらにしても、大西にとって得なことはない。
 裁判の弁護は、社の顧問をしている敏腕弁護士が担当していると聞いた。だが、検察側も、検事局では古参の検事を送り出して争っていると聞く。この裁判で有罪の判決が出れば、次は大阪朝夕への起訴となる。
翌月、判決が出された。大西哲夫を新聞紙法第四十一条違反、安定秩序を乱した記事を書いた執筆記者として禁固三ヶ月の刑を受けることとなった。
 ちょうど同じ時期に、政変が起こった。寺内正毅内閣が総辞職したのだ。これは、米騒動への対応と報道規制に対する批判を受けての引責辞任だ。代わりに総理に就任したのは、寺内内閣で法務大臣を務めた原敬氏だ。

 大阪朝夕新聞社社長室。
 顧問弁護士と山村宗太郎社主は、顔を向かい合わせ応接用のソファに座っていた。
「社長、検察はすぐにでも、この社を起訴する構えです」
と弁護士は神妙な面もちで言った。
「なぜなのだ。今までだって何度か記事の発行禁止は出されていた。今回に限って、なぜ我が社を潰すまでの処置をしたがる」
 山村は、やるせない気持ちを弁護士にぶつける勢いで問うた。
「これは検察と言うよりも、内務省、つまりは内閣の意向と考えるべきでしょう。当社は、以前から寺内内閣ににらまれていました。政権の批判を散々にやってきたからです。その結果、内閣は総辞職するまでになりました。ですから、政府としては、今後のことも考え、この機会を逃すまいと今まで以上に力を入れているのです」
「我々に勝ち目はあるのか?」
「最大限やっていますが、相手側も手強いです。大西氏に有罪の判決が出されてしまってますから、状況は不利です」
 両者は、蒼白な表情となった。会社を解散させなければならないのか、という思惑がよぎった。大阪朝夕の創始者である山村にとっては、身を引き裂かれるような思いだ。明治中期に創業させ、関西一帯に三十万部も売り上げる大衆紙として発展させた。それが、このような終わり方をするとは。
「社長、実を申しますと、検察側から非公式にですが、取引の申し出がございまして」
「取引だと?」
「あくまで非公式なのですが、あちら側の提示する条件を呑めば四十三条による起訴を取り下げ、会社の存続を保証すると」
「何! それはどんな条件なのか」

 拘置所にいる大西に面会をしにきた者がいた。社会部長の岸井信男だ。二人は、二人だけの面会室をあてがわれ、机に向かい合って座っている。
「大西くん、気分はどうかね」
という挨拶言葉を最初に発した。
「いいわけないでしょう。こんな判決、納得いかへんです。裁判官も検事と組んでたような感じで、きっときな臭いことがあると思いますよ。わいは、控訴するつもりです。会社もそのつもりでしょう。このまま、あの連中に潰されてはたまりませんから」
「そのことなんだが、控訴はやめてくれ、そうしないと会社が困るんだ。そのことを伝えに私はここに来た」
 岸井がそう言うと、大西は立ち上がった。
「なしてですか、会社と言論の自由が潰されようとしてるんですよ。なして戦わないのですか」
「会社がそう決めたんだ。君が控訴を断念して刑に服する。そして、会社は、今後あのような記事を書かないことを約束する。そして、君と私、編集局長、それから、社長は責任を取って辞職するということに決まったのだ」
「なんやて! そんなの納得いかへん」
「ああ、納得いかないよ。だが、社が存続するにはそれしか方法がないのだ。検察が発行禁止の起訴をしない代わりに社が呑んだ取引だ。裁判になると勝ち目がない。そうなると、大阪朝夕はお終いだ」
 両者の声の調子は穏やかではなかった。
「わいは控訴を断念しません。戦うつもりです。最後まで、大審院(現在の最高裁判所)に行くまで戦って見せます。これは、会社とは関係あらへんす。わいの問題として戦います」
「そういう訳にはいかないんだ。君が控訴しては取引が成立しなくなる」
 岸井は、大西に冷や水を浴びせるようににらみつけながら言った。
「なしてです、部長? あんたは、どうしてそんなに変わったのですか? 一緒に民本主義や言論の自由のために戦って来たのでしょう。なして、今になって、会社やめさせられ、わいにできんことを頼みはる。見損なったで!」
 大西は返すように怒鳴りつけた。
「大西くん、分かってないようだな。権力というものを。権力はな、恐ろしいものなんだぞ。君や私のような者など簡単に吹き飛ばしてしまう力を持っている。もちろん、我々がお世話になり続けた新聞社もだ。我々には、かないっこない」
「わいは、そんなこと信じんで。わいは戦う。あんたがなんと言おうと会社がなんと言おうと、わいはこの国のためにも戦い続けたいんや。言論の自由を殺してしまってはあかん。わいのことはどうなってもええんや」
 大西は、是が非でもという表情を岸井に見せつけながら言い放った。
「そうか。君がそのつもりなら、私もすべきことがある。あの記事のことだが、あれは君が書いた者じゃないな。そのことは警察には話さなかったが、私は分かっていた。あの文の書き方からして君のではない。特に「白虹、日を貫けり」のところは君らしくない。誰が書いたのかも分かっている。白川龍一くんだろう。君の愛弟子の。君が、控訴をするとなるなら、私はそのことを検察に告げるぞ。そうなると、君のみならず、白川くんもお終いだ。彼も起訴され、刑務所行きになるだろう。そして、新聞人としての生命を絶たれる。それでいいのか」
 岸井は、鬼のような表情になりそう言い放った。心は、まさに鬼同然となっていた。
「なんやて、あれは俺が書いたんや」
 大西は岸井の襟をつかんで言った。
「公判でそう言うんだな。だが、白川くんは嘘を突き通せるかな?」
「卑怯や。なんてことするんや」
「君が控訴を断念すれば、白川くんが書いたことは告げない。速やかに退職してくれれば、それなりの退職金を積む。頼む、条件を呑んでくれ。そうすれば会社が救われる。そのことはひいては言論機関を潰さず、今後の民本主義発展のためにもなるんだ。我々は勇み足すぎたんだ。この考え方も間違ってはいない」
 岸井は、うなだれる大西を慰めるように言った。悔しさは共有しているつもりでいた。

第13章に続く



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白虹 | 21:05:44 | Trackback(0) | Comments(0)
第22章 後ろ姿
テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。歴史を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第21章までお読みください。

 ほぼ十年ぶりとに大阪朝夕新聞社に戻ってきた。東京とは雰囲気ががらりと変わる大阪の街に戻ってきた。龍一は実際のところ東京の方が好きであった。だが、大阪に戻って国際部のそれも部長という職をあてがわれる。これまでの部長職への栄転の中では最年少ということもあり、龍一は実に輝かしい栄誉を手にしたのである。
 何でも、この栄誉は、大阪朝夕新聞社の社長、三木谷昌義氏の強い推薦があり、決まったと聞かされた。龍一のこれまでの特派員報告を三木谷社長が、たいそう気に入ってくれたとのことだ。
 大阪朝夕新聞社は、この十年に大きな変化を遂げた。創始者の山村宗太郎氏は白虹事件で社長職を辞任してから数年後、心臓病を患い生涯を閉じた。
 その後、山村一族は、受け継いだ大阪朝夕新聞社の株式と一部保有する姉妹社の東京朝夕新聞社の株式を売却してしまった。
 それを現在保有し、社主となっているのが、三木谷氏である。三木谷氏は、社長をする年齢の中では若く五十にも満たない。だが、なかなかのやり手であると聞く。アメリカに留学して経営学を学び、大正時代は関西地方で三十万部程度の売り上げ規模であった大阪朝夕を株式会社化して多額の資金を集めた上で、販売拠点を北九州まで伸ばした。その結果、大阪朝夕を今や売上部数、百万部を超す西日本きっての大新聞へと成長させたのである。
 龍一は、新たな新聞人としての出発に際して、以前から、気になっていたことを解決しようと考えた。それは人生の伴侶を見つけだすことだ。龍一は部長職としては若いと言われど独身男性の中では年配の方だ。立派な管理職に就き、それなりの安定した収入も得ている。周囲から「三十を過ぎたのだからいい加減、妻をめとれよ」と余計なお世話のようなアドバイスをしばしば受ける。
 だが、周囲に言われるからではない。龍一は、自分自身がそれを強く求めていることに気付いていた。そして、それを実現するための相手も決めていた。
 彼女に会って結婚を申し込むつもりだ。

 大阪朝夕の社屋に入った。十年以上ぶりに戻った社屋。壁が塗り替えられていたが、雰囲気はほとんど変わっていない。龍一は、朝倉環に会いに社会部室へと向かった。
 社会部の女性記者である朝倉環とは、東京朝夕に移って以来、顔を合わしていない。お互い手紙のやり取りを何度としたことがある。東京にいた時も、ニューヨーク支局、満州にいた時も手紙のやり取りをしていた。
 手紙では、彼女の取り組む婦人運動に関する情報のやり取りだけではなく、個人的な話もした。あまり深入りするような内容は避けたが、お互いを懐かしむような想いを何度となく綴ったことがある。
 十年以上も離れたお互いが、突然、再会して結婚をするまでになるとはおよそ思えない。特に婦人運動活動家である彼女なら尚のことだ。
 龍一は、結婚をした後でも、朝倉環に記者としての仕事を続けて貰うつもりであった。女性が結婚をしながら、また子育てをしながら職業を持つことに異論は持っていない。彼女に限らず、全ての女性がその権利を有していると考える。そのことをはっきり伝え、結婚を前提とした付き合いをすることを申し込むつもりだ。しっかりと顔を合わせる付き合いをして、お互い夫婦となりうるか確かめた上で結婚にこぎつければいいと思っていた。場合によっては、環の尊敬する平塚雷鳥女史のように事実婚という形で籍を入れない形でも構わないと思っている。夫として彼女の女性の地位向上の活動を支援していくつもりだ。
 先月、東京に戻ってから大阪朝夕の環へ電話したのだが、その時は休暇を取っていると聞かされた。何でも家庭の事情があり、ここ最近休みがちだと聞かされた。
 そのことが気掛かりであった。どういう事情があるのだろうかと。
 社会部室の扉を開けた。今日は来てるのかな、と、懐かしの部室を見渡した。朝倉環記者といえば、龍一がいた頃は紅一点で、部室を入れば、長い髪の毛を垂らした洋装のモダン・ガールが必ず一番最初に目に入ったものだ。
 だが、洋装の女性は見当たらない。今日も休みなのかと落胆したところに、すぐ近くに和服を着た女性の後ろ姿があるのに気付いた。黒色の羽織と紺色の着物をまとった後ろ姿、髪の毛は着物姿に合わせてびっしりと首が見えるように上へ結っている。
 しばらくして、それが朝倉環であることに気付いた。背の高さからしてそうだ。洋装の時とはずいぶん印象が変わるが、彼女に間違いない。
「朝倉さん、朝倉環さん、お久しぶりです」
と言いながら、龍一は環の肩をそっと叩いた。 環が振り返る。だが、驚いた様子は見せない。
「あら、白川さん、お久しぶりね。元気だった?」
 年相応になっているものの十年前と変わらず美しい顔だった。ちょとやつれている感じがした。
「ええ、おかげさまで、十年ぶりに大阪に戻ってきました。それも、国際部の部長になってですよ。信じられます?」
 龍一は、自慢するようにいった。自分を少し大きく見せてかっこつけたい気分だった。
「そうなの。それはおめでとう」
「どうです、昔を懐かしんであんみつでも一緒に食べましょう。積もる話もありますし。そうだ、婦人参政権の法案通らなかったのは残念ですよね。もう少しでしたのに、ただ、次の国会では必ず通るようにしましょうよ」
 すると環は、
「ごめんなさい。実をいうと、私、大阪朝夕を辞めることになったの」
 龍一は再会の喜びから一挙に興醒めした。
「え、そんなどうして?」
「私、結婚することになったの」
 龍一は、一挙に奈落の底に落とされた気分になった。
「もう、記者として仕事はできないし。婦人運動などに関与することもできなくなったわ」
 目の前にいるのは別人かと、龍一は仰天し、発狂するように言った。
「一体どういうことなんだ。事情を説明してくれ。環さん、あなたはずっと男女が平等でなければいけないと説いてきてたじゃないか。結婚するから仕事を辞めるなんてあなたらしくない。相手はどんな男なんです? あなたが仕事を続けることを認めないのですか」
「私、先月から実家に帰っていたの。実家がね、とんでもないことになっていて。父がやっていた金融業が大破産してしまって、持っていた土地なんかも売り払わなければならないくらい負債を抱えてるの。跡を継ぐ弟にものしかかるぐらい重い負債なの。で、縁談の話を持ちかけられて、その人の一家が負債を肩代わりしてくれるって、私が結婚すれば」
 環は、淡々と述べた。表情は無表情だ。相手の男が、どんな男であるのかも、すぐに想像がついた。
「それって、身売りじゃないか。あなたが一番嫌がっていたことじゃないか。どうしちゃったんだ。女性の地位向上、男女の対等な関係、それはどうなったんだ」
 龍一は、激怒する口調で言った。部室内に二人の会話は響き渡った。数人の記者が注目してみている。だが、龍一には周囲のことなど気にならなかった。
「もうそんな時代じゃないのよ。そんなことを語れるような時代じゃないの。家族のためにも、理想を捨てなければいけないの。ごめんなさい。もう会えないわ。さようなら」
 環の目から涙が溢れていた。家族のために自分を捨てなければいけなくなった自分の境遇を悔しがるかのようだった。
 手に私物を入れた袋を持ちながら、その場を去っていった。和服を着た後ろ姿は、その悲しさを象徴するかのようだった。洋服を着て自由に動き回っていた新しい女性が、いやがうえに保守的な世界に導かれていくような姿ともいえた。
 龍一は、心がうち砕かれた気分となり、その場でずっと呆然とした。

第23章へつづく。


テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

白虹 | 21:00:55 | Trackback(0) | Comments(0)
第40章 チャーリーの正体
テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。歴史を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第39章までをお読みください。


一九三九年八月 

 東亜新秩序構想を声明として発表して以来、日米関係は、さらなる悪化の一途を辿っている。六月には日本軍が中国の北京近くにある租界、天津を抗日運動の拠点とみなして封鎖。そのことに対し、アメリカは日米通商航海条約の廃棄を通告してきた。それによりくず鉄、石油・工作機械などの輸入が制限されるようになった。
 日本経済に打撃を与えるのは必至だ。そんんなか、外務大臣から龍一に思わぬお呼び出しがかかった。
 それは、アメリカ大使館での日米政府関係者の親睦会としてテニス大会が開かれるので、そこで日本側の代表選手として出席して貰いたいとのことだった。
 外務省内にテニスの上手い者がなかなか見つからないため、急遽、官邸の龍一にお声がかかったということだ。何としても、負けられない試合だという。
 龍一は、快く引き受けた。最も、テニスには自信がある方ではない。子供の頃からやっていて、神戸の高校時代は庭球部員であったが、けっしてどんな対戦相手でも打ち負かせる程の自信があるわけではなかった。相手側もきっと凄腕を連れてくるだろう。だが、そんなことはどうでもいい。所詮は親睦会である。考えているのは、これを機会に大使館側と緊密な接触を持ち、今後の動向を探るきっかけとしたいのである。それは外務省も官邸も龍一に望むことであった。
 赤坂のアメリカ大使館の芝生にテニスコート一面が設置されていた。ジョゼフ・グルー大使が主催者となり、パーティーは始まった。ワインが配られ、屋外のテーブルにサンドイッチや菓子が並べられている。実に楽しい雰囲気がお膳立てされていた。
 龍一は、緊張していた。テニスをする格好に着替え、試合が始まるのを待っていた。対戦相手はどんな奴なのかと少し不安であった。負けるにしてもあまりひどい負け方をしては、この先付き合いがしづらくなるし、官邸や外務省の面子を潰すことになる。まあ、相手もお手柔らかにやってくれるのだろうが。
「レディーズ・アンド・ジェントルマン、お集まり下さい。只今より、本日最大のイベントであります米日政府代表によるテニス試合を開催します」
とグルー大使。その傍らには主賓の外務大臣が立っていた。
 招待客の注目が、芝生のテニスコートに集中する。皆、わくわくとした表情となった。 龍一は、白髪のグルー大使に近付く。右手にはラケットを持っている。
「君が、日本代表かね」
とグルー大使。
「初めまして、大使。官邸から来ました。総理補佐官のリュウイチ・シラカワと申します。よろしければリッチーと呼んでください」 龍一は、アメリカ人らしい自己紹介を英語でした。アメリカ人は、知り合った相手をファーストネーム、それも愛称で呼ぶことを好む。
「そうかね、リッチー。こちらこそよろしくところで、我々の選手をここに紹介する」
とグルー大使が手の平でそばに立っている金髪の男を差す。
「彼の名はチャールズ・タウンセンドという。一等書記官として今月から赴任することになった」
 そのとたん、龍一は「チャーリー」という言葉を発してしまった。
「やあ、リッチー」とチャーリーは返す。
「おお、さっそく、ファーストネームで呼んでくれるとは、気が合いそうだな」
とグルー大使はにこにこしながら、二人の対戦相手を交互に見ながら言った。
「ミスター・グルー、私は絶対、この男に負けませんよ」
とチャーリーは、にたにたしながら龍一に対して言った。
 龍一は、心の炎がばっと燃えついた気分となった。絶対に負けられない。
 外務大臣が、
「大使どうですかな。もし、私たちが勝てば輸出制限を解くと約束できませんかな」
と冗談ぽく話しかける。大使は、微笑みながらも何も答えない。
 コートの上に立った二人、試合は一セットマッチである。先に六ゲームを勝ち抜いた方が勝利である。
 まずは龍一がサーブする。ボールは、チャーリーのコートで跳ね上がり、チャーリーが跳ね返す。ネットの上を飛び越したボールを龍一がボレーで打ち付け、相手方に落とす。「フィフティーン・ラブ」
と審判をする大使館員が言った。
 龍一は悟った。チャーリーはテニスなどしたことはないと。
 試合は、見ている方にとってとても退屈な展開となった。龍一が一方的に責める体制になっていたからだ。二分ほどで一ゲームが終了して、次のゲームも同じ長さ、次もである。
 龍一にとっては赤子をあやすような感じであった。それでも手加減はしなかったものの、あまりにも差があり過ぎて勝負が見えている。日本人の招待客でさえも、面白味を感じられず、しらけてしまっている。アメリカ側の過剰なサービスかと思える程だ。
 龍一は、チャーリーが、それなりに立ち向かっていることを感じていた。だが、ろくにテニスの経験がないことが災いしているようだ。親睦会と思って甘く見ていたのか。
 龍一は周囲がしらける中、容赦せず試合を最後まで精一杯やり遂げた。
 試合は十五分ほどで終わった。あっけなく終わったという感じだった。龍一が全六ゲームを取り、楽勝である。チャーリーは一ポイントを取ったのみ。たまたま、龍一がボールをアウトした一回だけだった。それもラインぎりぎりでインと判定しても良かった程、微妙な審判結果によるものだ。
 ネット越しに、白々しく握手をして、試合を締めくくった。チャーリーはかなり汗だくになっていた。龍一はすがすがしかった。
 今度は、こっちがしてやったぞ、という気分に龍一はなっていた。
 二人でコートを出ると、龍一は何気なく話しかけた。周囲の者は、誰も自分たちに関心がなさそうだ。
「驚いたな。あんたが国務省の人間だったとは」
「ほう、何だと思った?」
とチャーリー。少し息が切れている調子だ。「FBIかOSIかと」
「そう思われたとは光栄だな」
 チャーリーは笑顔で龍一を見返す。
「私のことを何でも調べているとか言っているが、今度ばかりは調査不足だったな。テニスの腕前もきちんと調べておくんだったな。そして、自分よりもましな対戦相手をぶつけるべきだったな」
と龍一は当てつけのように言う。
「さっきの試合は、あんたの性格を分析する上では格好の材料だった。これで我々の良き仲間になってくれることは間違いない」
「何を言っている。勘違いしないでくれ。私はあんたらの仲間ではない。借りなど作ってはないぞ。思い込みを持ち込まないでくれ」と龍一はつけ込まれまいとした。蒋介石と会えたことを恩とは思ってないぞと言いたかった。
「いや、協力するさ。それも近い内に。君の体を流れる血がそうさせるのさ。私は何もかもお見通しだ。いいな。近々また会おう」
 チャーリーは、そう言うと龍一から離れて言った。
 また何をほざいている。一体何を企んでいるのか。龍一は警戒心を持ちながらも、気にしないようにすることにした。

 翌月、ドイツが隣国ポーランドに侵攻したニュースが駆けめぐった。

第41章へつづく。

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白虹 | 23:38:22 | Trackback(0) | Comments(0)
第39章 リベラルとは
テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。歴史を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第38章までをお読みください。

一九三八年(昭和十三年)十一月三日
 近衛内閣により東亜新秩序声明が発表された。
「今や、陛下の御稜威に依り、帝国陸海軍は、克く広東、武漢三鎮を攻略して、支那の要城を勘定したり。国民政府は既に地方の一政権に過ぎず。然れども、同政府にして抗日容共政策を固執する限り、これが潰滅を見るまでは、帝国は断じて矛を収むることなし。帝国の冀求する所は、東亜永遠の安定を確保すべき新秩序の建設に在り。今次征戦究極の目的亦此に在す。
この新秩序の建設は日満支三国相携へ、政治、経済、文化等各般に亘り互助連環の関係を樹立するを以て根幹とし、東亜に於ける国際正義の確立、共同防共の達成、新文化の創造、経済結合の実現を期するにあり。是れ実に東亜を安定し、世界の進運に寄与する所以なり。
帝国が支那に望む所は、この東亜新秩序建設の任務を分担せんことに在り。帝国は支那国民が能く我が真意を理解し、以て帝国の協力に応へむことを期待す。固より国民政府と雖も従来の指導政策を一擲し、その人的構成を改替して更正の実を挙げ、新秩序の建設に来り参するに於ては敢て之を拒否するものにあらず。
帝国は列国も亦帝国の意図を正確に認識し、東亜の新情勢に適応すべきを信じて疑はず。就中、盟邦諸国従来の厚誼に対しては深くこれを多とするものなり。
惟ふに東亜に於ける新秩序の建設は、我が肇国の精神に淵源し、これを完成するは、現代日本国民に課せられたる光栄ある責務なり。帝国は必要なる国内諸般の改新を断行して、愈々国家総力の拡充を図り、万難を排して斯業の達成に邁進せざるべからず。
茲に政府は帝国不動の方針と決意とを声明す」
 つまりは、日本、中国、そして満州国の三国が政治・経済・文化での提携を深めて協調していくことにより国際正義を確立させ、東亜と呼ばれる東アジア地域の安定と発展を目指すという声明である。目指すは大東亜共栄圏の確立である。だが、どう見ても日本の一方的な主張である。その主張を通すために、さらに武力を行使し続け、無実の人々を殺戮していき国際正義を踏みにじっていくのは自明の理だからだ。
 官邸で龍一は、近衛総理に問いかけた。
「これでいいのですか。このままいけば、どんなことになっていくのか分かっているのですか」
 近衛総理は黙って何も答えてくれなかった。今後は、この東亜新秩序構想を基軸とした外交政策に邁進するしかなくなった。龍一は補佐官の地位に留まることにした。これ以上何もできないが、できる範囲ですべきことをしようと考えた。

一九三九年一月
 龍一は、近衛隆文氏が、秘書官を辞めたことを聞き、彼の家に駆けつけた。近衛一家の私邸である荻窪の荻外荘である。
 純和式の邸宅を訪ねると、たまたま隆文氏一人しか実家にはいなかった。
 縁台に立ち庭を見つめている文隆。外では雪が降っている。龍一は畳の上に正座していた。
「二等兵として従軍することになりました。行き先は満州です」
 龍一は衝撃を受けた。なぜだと訊こうとすると、
「父の命令です。軍部からかなり僕のことで批判されていて、何でもアメリカ帰りでリベラル過ぎる傾向があると」
と隆文は重い口振りで話した。
 龍一は言った。
「リベラルのどこが悪いんだ。軍部の奴らにどんな政治思想があるというのだ。奴らはリベラルでもなければ、保守でもないじゃないか。単なる精神主義者で、思いのままに行動することこそが善だと考えているに過ぎない。何の信念も戦略もない」
 かなり声を荒げた。隆文と自分以外は邸宅にいないことが幸いした。
「決心はついています。僕も近衛家の一員です。当然のことをするまでです」
 隆文はそう言い切った。しばらく沈黙が続き、隆文は龍一に問いかけた。
「リベラルって何なんでしょうね。果たして、そんな思想だけで世界を救えるのでしょうか」
 龍一は答えにつまった。今まで、自ら考えたことのなかった問いだったからだ。

第40章へつづく。

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白虹 | 15:26:28 | Trackback(0) | Comments(0)

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