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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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ポジティブ・コーチングを考える小説 第4章
元近鉄バッファローズのコーチで97年NYメッツでもコーチとして活躍した立花龍司氏の著作「ポジティブ・コーチング」から発想を得た短編小説

まずは第1章から第3章をお読み下さい。


 試合結果を聞いたのは、次の日だった。K高校は、九回表の攻撃で得点を上げられず〇対一で負け、甲子園の出場権をまたしても逃した。そして、エースピッチャーが、マウンド上でぎっくり腰を起こし、バッターに子供が投げるようなゆるい球を与え得点を取られたという醜態が、負けをただの負けでなく、不名誉の負けというものにしてしまった。

 俊秀は、椎間板ヘルニアと診断された。これは、背骨の輪切り上に別れた骨と骨をつなぐ椎間板と呼ばれる支えが腰の辺りでずれを起こし、背骨の神経を圧迫、激しい痛みを起こすというものだ。腰痛といってもヘルニアに関しては俊秀ぐらいの年令でなるのも珍しいケースではないらしい。原因はいろいろと考えられる。思い荷物を持ったことや、普段の悪い姿勢。もちろんのこと、俊秀のようなスポーツ選手が、激しい運動を積み重ねた末に腰を悪くするケースもあるという。腰は体の中心だ。体にかかる負担をもっとも敏感に受けるところでもある。
 俊秀は、三週間の入院を言い渡された。その間、ずっとベッドに寝かされ、腰には、牽引器という重りをつなげたベルトを巻き付けられた。重りが、ベッドのついたてにぶらさがりベルトで巻かれた腰を引っ張り、椎間板の状態を矯正するのだ。
 その間に、一学期が終わり夏休みに入った。夏の甲子園大会も始まった。K高校を敗ったT学園は、一回戦で敗退を喫した。県ではトップの野球部だが全国レベルでは決して強いとは言えないのだ。毎年良くても二回戦止まりだ。そのことが、俊秀にとって屈辱的でならなかった。自分のチームを敗った相手が、その程度の実力だということである。負けた甲斐もないというもの。そのうえ、あんな恥ずかしい姿を露わにして負けてしまったのだ。
 退院後、俊秀には様々な試練がやってきた。まずは、野球部を辞めさせられたこと。野球選手が腰を駄目にしては全てがおしまいだからだ。全くの役立たずとしてしか見られなくなった。監督には、普段の健康管理の怠慢が、あんな恥ずかしい事態を招いたと罵られた。
 父親も俊秀に冷たく当たった。「不様な姿を大勢の人々に見せつけたおまえを息子に持って恥ずかしい」と言い放った。源太郎は、最近自分の同期の者が部長に昇格し出世を追い越された悔やみから機嫌が悪く、俊秀は、そのとばっちりを受けた形だったが、父親の言葉には深く傷ついた。
 担任の蒲田と校長は俊秀の家を訪ね告げた。これからは、野球のことは忘れ勉強に専念しなさいと。もう、特別扱いはしないのだと。まるで手の平を返したような態度を見せつけた。一緒に戦ったた部員たちは、町で顔を合わせても、話しかけず、わざと俊秀を無視した。

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テーマ:下手な短編小説ですが・・・。 - ジャンル:小説・文学

スポーツ | 23:40:52 | Trackback(0) | Comments(0)

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