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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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KIMONOを着よう! 第1章 サヨク弁護士
日本の民族衣装、着物を通して学ぶ、伝統と文化の重さ。軽小説スタイルで。

園田一郎は、東京に住む三十三歳の弁護士だ。そもそも弁護士になったのは、大学の法学部に在学中に受けた司法試験で合格してしまったからだ。普通、卒業後、数年ぐらい浪人しなければ合格できない司法試験を一発で在学中に合格してしまった。一郎が合格をした後、法曹界の資格は法科大学院制度に変わったので、当初、弁護士になるつもりもなかった本人は、たまたま挑戦のつもりで合格して資格がゲットできたのだから、弁護士にならなければ損だと思い、司法研修生となり、そして、立派な資格を持つ弁護士となった。

その後、就職先としてある弁護士事務所に勤めることとなった。あくまで新米見習いのつもりでだ。そこは、小さくて古臭い建物の中にあった。当初は腰掛けのつもりで、どこでもいいから見習いとしての修業を積めるところをと思い就職したのだが、その後、なぜか務め続けることになった。

そこは、法曹界の人々からは「左翼の溜まり場」と時に揶揄されている事務所だ。というのは、この事務所の専門は、社会的弱者の味方をする立場の人々の弁護をすること。人権派だともいわれている。また、必ずしも弱者ではないが、環境保護、表現の自由などを主張するリベラルで進歩派の人々の依頼を受けることもある。

司法研修所の同期の弁護士などは「なぜお前のような優秀な奴が、そんなところにいるんだ?」と言ってくることがある。

というのは事務所のある古臭い建物に象徴されるように儲かる仕事ではない。弁護士で報酬が高いのは決まって、大企業などの強者の味方をする場合だ。環境問題で保護を訴える周辺住民や自然保護団体よりも、環境破壊に加担する企業の顧問弁護士の方がはるかに待遇も報酬も高い。そんな弁護士たちが運営する事務所からリクルートを受けたことが何度もあったが、なぜか断ってきた。

一郎は、自分は人権派でも左翼でもないつもりだが、この事務所にいることになんとなく居心地の良さを感じていた。それは自分でもなぜか分からない感覚である。

そして、季節が秋口に入ったある日、担当した公判が終了した後、晴れ晴れとした気分となり、東京地方裁判所を依頼人と一緒に出た。依頼人は、中央アジア系の中年男性イアンさんだった。警察から覆面強盗事件の容疑者と間違えられ、不当逮捕を受けた人物だった。外国人で滞在ビザが切れていた門で拘留を受け、その後、無理やり強盗団の一味であると認めた内容の供述書にサインをさせられた。

依頼を受け周辺を独自に調査、そのうえ、警察の不当な捜査手法を暴き、裁判では見事に無罪を勝ち取った。

無罪を勝ち取って弁護士冥利に尽きるものだが、依頼人は必ずしもそうではなく、警察の過酷な取り調べと拘留で心に傷を負い、また、無罪となっても不法滞在には変わりない為、数日内に強制送還の手はずとなる。

本人も、日本にはがっかりさせられた、いい思い出が残せないと残念がっていた。日本に対して、そんな悪い印象を持っては困ると一郎は思った。そうだ、裁判所をしばらく歩いたところに皇居がある。ここを見せてやれば気分転換になるかもと思った。昼食を一緒に取った後、一郎は事務所に電話をして特別に時間をつくり皇居を案内することにした。イアンは、皇居にずっと行ってみたかったので、一郎の申し出を喜んだ。

皇居に近づこうとする道すがら、右翼らしき団体の街頭演説を目にした。マイクを握って演説しているのは、最近、メディア上で愛国運動を鼓舞している新進気鋭の右翼リーダー、宮田義男だ。軍服姿に日の丸の鉢巻き、周囲に日の丸の旗と旭日旗を置いている。時々、この周辺で演説を振るっているのを目にする。日本の政治の中枢だからこそ、最高の自己主張の場となっているらしい。大声で雄たけびを上げ何かを訴えている。よく耳を澄まして聴いてもがなり声が凄いだけで、何を言っているのか分からない。まあ、この男に限らず、右翼と称する者共の言っていることは何なんのかよく分からない。この日本を想う気持ちは誰にも負けない、俺たちは愛国者だ、右翼だ、民族主義者だ、ということなのだろうが。

そんな奴らは無視して、皇居に向かうことにした。

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和装 | 19:17:12 | Trackback(0) | Comments(0)
軽小説とは
この小説ブログに「軽小説」というカテゴリーがありますが、軽小説とはどのようなものをそういうのでしょう。普通の小説とはどう違うのでしょうか。

読んでいただくと分かるのですが、その名の通り文体が軽快になっており、中学生ぐらいでもすらすら読めるようになっています。だが、その分、普通の小説と比べ、描写が濃密さに欠け、詳細な情報は割愛するので、物足りない感じをうけます。もちろん、短編が主です。シンプルなのでそうなってしまいます。

その他、特徴を分かりやすく箇条書きすると、

(1)現実性に欠ける物語の設定。名前、地名がシンプルで、人物像や舞台となる場所が空想の世界らしくあやふやになっている。言い方をかえると、漫画チック。

(2)即興で書き始めることが多いため、リサーチが綿密でない。テレビやネットで拾い上げたり、そこいらで聞いた程度の知識をまとめた程度の説明しかない。後で調べると間違っていることも。

(3)ストーリー展開が強引で説得力がないかも。すぐに状況が変化し、すぐに物語が展開する。

(4)地文より、登場人物の会話が中心的。

速い話、感覚的に書いたものだから、ある意味、詩を書いたりするのと似たような感覚。感受性が物語をつくる素になっています。

ただ、いい点は、普段、分厚く文字の多い本を読むのが苦手な人にとっては読みやすく、また、そうでない人でも携帯電話で小説を読みたい、それも短時間で読んで楽しみたい人にはもってこいかもしれません。

ですので、このブログ内の軽小説は、そんな気分で読んで下さい。

軽小説 | 16:38:01 | Trackback(0) | Comments(0)
「ヨーソロ、三笠」 第9章 平和主義者
平和運動家の青年が、戦艦三笠に乗り込み、真の平和主義に目覚める。筆者の実体験に基づく奇想天外な物語。もちろん、フィクション。

まずは第1章から第8章までお読み下さい。

 不思議なタイムスリップ入隊から数週間、思いのほか、艦での生活には慣れていった。支給された衣蓑の中の服は全てサイズを直し、甲板掃除、砲身磨き、朝の体操、砲弾訓練など、どんどんこなしていった。艦内では誰よりも体力があったので、何ら肉体的についていけないことなどなかった。唯一、こまったのが、入浴が週に一回のみということだろうか。だが、水が貴重品の艦ではそれもやも得なく思える。
 本当に、この艦、いや船が戦争に向かっているのだろうか信じられない思いである。それほどまでに艦での生活が自分に合っている感じがした。
 だが、あることで、それが一変する。それは水兵たちを集めての戦術講習の時間での出来事だ。ある部屋に数十人ほどの水兵たちが集まる。教官として黒い制服の士官が黒板と影絵の書かれたボードを使い、これからの戦闘に関しての詳しい解説をするのである。
「すでに我々は戦闘態勢に入っておる。これまでも、この戦闘がどんなものになるかは解説してきたが、間近に迫った今、改めて説明をし直そうと思う。まずはこれが何だか分かるな」
 ボードを持ち上げた。白い背景に黒い影絵が、船の形のようだ。
「くにゃー、スワロ」
と数人が言うと、
「クニャージ・スワロフだ。ロスケの名前は覚えにくいのう。国親父、座ろう、と覚えておくものだ。要は、しっかりと見分ければいい。バルチック艦隊の旗艦だ。この艦の中にあのロジェストウェンスキー中将が乗っておる。これをたたいて沈めれば勝利はこっちのものだ」
 たたいて沈める、この言葉に源太はびくっとした。
「我が軍は、バルチック艦隊二十隻以上と対峙しなければならない。敵は、はるばるロシアから一万八千海里を渡ってくる。かなり疲れてやってこようが侮ってはならない。ましては我々は奴らがどこを通って、ウラジオストックに向かおうとしているかさえ掴めてない。対馬海峡で待機しておるが、必ずしも対馬海峡であるとは限らん。太平洋を北上して、津軽海峡を通っていくのかもしれん。もしそんなことになったら、せっかくの準備も台無しとなる。場合によっては、これから太平洋に進路を変えなければならなくなるかもしれない。そうなると敵に追いつけなくなるかもしれん」
 この説明で、源太は東堂の言っていた「神のお告げ」が分かったような気がした。源太は東堂にバルチック艦隊が確実に日本海を通ってウラジオストックに行くことを伝えた。
「敵と出くわしたら、我々がすることは丁字型戦法だ。敵が進む前を横切るように、真上からみると丁字に見える形が理想だ。我々はその丁の横線となる。敵は縦線だ。敵は前方の主砲でしか我々を攻撃できないものの、我々は右又は左の機関砲全てと船首、船尾の主砲を方向を変え使える。断然、有利な攻撃態勢となる。だが、分かっておるな。敵もそのことは知り尽くしておる。黄海での大戦では、敵もそのことを読んでおり、並列の体制となり我々に膨大な被害を与えた。数多くの仲間を失った。今度は、そうならんためにも、ターンのタイミングが重要となる。なので、その態勢が出来上がるまで、この艦は敵を見ることがあっても攻撃はできん。そして、それまでは我々の側が徹底攻撃を受けることになるじゃろう。我々は先頭をゆく旗艦だ。なので、ひたすら堪え忍ばなければならん。一人一人、命をかけてもだ。いつでも死んでおく覚悟をしておけ」

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テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

三笠 | 20:47:15 | Trackback(0) | Comments(0)

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