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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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インペリアル・ホテル 序章 祖父の日記を読む
歴史長編「白虹、日を貫けり」、恋愛短編「北京の恋」に続く海形将志の自作小説第3弾、タイムスリップ・ファンタジー、短編です。真実の愛を求めて現代から大正時代へ。

 二〇〇八年の夏も終わりに近付いている。北京オリンピックも終わった八月末。お祭りの後の静けさというか、わびしさというのが、特にオリンピックに夢中だったわけでない松原敬介の気持ちに同調するところがあった。辛く苦しく悔しい気持ちだ。
 松原敬介、三十六歳、職業は二級建築士である。大学の工学部を卒業後、建築事務所に入り住宅などの設計を手がけてきた。三年前、やっと独立して自分の事務所を構えられるようになった。
 注文も多く、かなりの収入を得ている。今年に入って、自分にとってとても大きなプロジェクトに挑むことになった。それは、結婚して家庭を持つこと、独身生活にピリオドを打つこと。そのために、すでに他界した両親から相続したが、かなり老巧化していた自宅を取り壊し、自らの設計で新しいモダンな住まいを建てることにした。土地は一家代々、明治時代から受け継ぐ場所だ。
 同時に行ったのは、その新しい家で共同生活を営むべき妻探しであった。当然、その後には子供を二、三人ほど作る予定だ。夢のスウィート・ホームである。
 そのために合コン、見合い、結婚相談所などを訪ね、お金を出して嫁探しをしまくった。収入も容姿も敬介は悪くない。何度か引き合いがあったが、最後に奈緒美という二十二歳のファッション・モデルを仕事とする美人女性を見つけ、ダイヤの婚約指輪を出して見事射止めた。
 彼女を気に入ったのは、美人だけだからでない。今時の女性には珍しい保守的な女性らしい感性があったからだ。敬介は、保守的な男だ。妻には家庭に入って夫を支えてもらう存在であって欲しいと願う。彼女は結婚したら仕事を辞め、家事に専念するという。
 しかし、奈緒美は、保守的と言うよりは、現金な女性であるということを、すぐに思い知らされた。婚約をしてからわずか一ヶ月後、奈緒美は婚約の解消を求めてきた。何でも、自分よりも金持ちの男を見つけたからだそうだ。相手は医者であり、とある大病院の御曹司だそうだ。そもそも資産家の上、大病院の医師、いずれは院長だ。収入は敬介よりはるかに多い。貰った指輪のダイヤも敬介が渡したものよりずっと大きかったらしい。
 敬介は、奈緒美を本気で愛していた。自分のよき妻になるという意味だけでなく、一人の女性として。だが、彼女が求めていたのは自分ではなく、自分に出来るだけ多くの贅沢をさせてくれる男性だったのだ。
 その程度の女だったといえば、それまでだが、それでもショックは大きく、心の傷も深かった。彼女への恋しさを振るいきれない。
 そんな悲しみに暮れていた時、自宅の新築のため古い物置から取り出した一家の思い出の品々から亡き祖父の日記を見つけた。十冊ほどあり、どれも年月が経っていたため、ぼろぼろで、最初に書かれたのは「大正十二年十月一日」であった。万年筆のインクで書かれた文字が並ぶ。そこには祖父の思わぬ歴史が書かれていた。


 
 出だしはこうだ。
「 あの大震災から一ヶ月が経った。これまで書かれていた日記は火事で全て焼かれてしまった。これから書く日記こそが、後世に読み継がれる我が記録となろう。」
 あの大震災、それはその年の九月一日に首都東京を襲った関東大震災のことを指している。祖父は、敬介が幼い時に亡くなったが、何度か大震災の話しをしてくれたことがあり記憶がある。大震災で自宅が大火に飲み込まれ、家を失い一家共々、祖父の父親である松原影清が務める東京帝国大学の職員寮に一時的に住むことになったと。震災時、祖父は東京帝国大学を目指す高等学校の生徒であった。曾祖父、松原影清は当時、著名な物理学者で、帝大の教授であり、松原博士として日本の物理学史に名を残した人である。祖父も物理学者を志していたが、その震災をきっかけに建築の道を志すようになったと聞いている。震災と建築、もちろんのこと、震災による帝都の燦々たる光景を見て、地震に強い建物を作ろう。そういう気持ちにさせられたのだろうと想像はできるのだが、具体的な理由については聞いてはいなかった。祖父の影響を受け建築家となった父も、具体的な理由については何も聞いてなかったそうだ。敬介は続けて読んだ。かなりかすんで読みにくいのだが、目を凝らして読むと
「 あの日、僕は帝国ホテルにいた。アメリカの有名な建築家、フランク・ロイド・ライトが設計したという最新式の洋館ホテルだ。その日は、ホテルの落成式であった。そして、僕はその落成式の招待を受け、小夜子さんに会うはずであった。我が許嫁である。彼女が招待券をくれた。
 小夜子さん、あなたを心から愛している。華族という身分の方に恋をしてしまった罪深い自分。その上、あなたには親が決めた身分相応の男性がいながら、僕と一緒になりたいと言ってくれた。そして、約束の正午に会う約束だった。落成式に出席するためではない。落成式が始まる前に一緒に逃げ出し駆け落ちするためだった。小夜子さんは、自分だけ先にホテルに来てご家族と結婚相手の公爵家の方達と午後十二時半に合流する手はずだった。その合流の前に二人で待ち合わせホテルを抜け出し、駆け落ちをするつもりであった。その時だけが、最後のチャンスだった。落成式の後に両家は結納を交わし、婚姻の手続きをする手はずだったからだ。しかし、あなたはいなかった。大地震が起こって混乱するホテル内を見回った。だが、ホテルのどこを探してもあなたはいなかった。帝国ホテルは頑丈で地震にもびくともしていなかった。すばらしい造りだった。だから、あなたがホテルにいたのなら、無事だったはず。
 その後、小夜子さんの消息は聞かない。何でも彼女の家は倒壊、火事に見舞われたそうだ。ご家族の何人かが亡くなられたと聞く。だが、小夜子さん、あなたは未だ行方不明であると。もしかして何らかの事情があって、あなたはホテルに先に来ることが出来ず足止めを喰らい被災に巻き込まれてしまったのかも。ああ、悲しい。僕は悲しい。死んでしまいたいくらいに悲しい。」
 敬介は、驚きであった。というのは、祖父の妻となる祖母の名は、「小夜子」ではない。つまり駆け落ち相手は見つからず、結局、結ばれなかったのである。しかし、祖父の若かかりし、今とは比べものにならない保守的な時代、祖父が駆け落ちをしていたなどとは。それも相手は、華族、つまり当時存在した貴族の身分制度の中にいた特権階級の令嬢だ。そんな相手と駆け落ちだとは。発覚すれば、スキャンダル、いやそれどころではない。当時なら犯罪にもなったことであろう。
 祖父の記憶はほとんどないが、父が語るには、かなり保守的で厳格な人だったという。その血筋のせいで自分も祖父と父と同じ建築家の道を進んだ。
 しかし、自らのルーツである厳格な祖父が若かりし日には、そんな大それたことをしようとしていたとは。祖父は、幼い時に死に、母と父も数年前、老齢のため病死した。敬介には兄弟や姉妹がいない一人っ子だ。たった一人になったからこそ、結婚して自分の家庭が持ちたかった。だが、この様だ。
 敬介は、急に祖父が羨ましくなった。純愛を求め、高貴な女性との恋に燃えた経験をした祖父が。小夜子さんとはどんな女性だったのだろうか。あの時代の貴族の女性だ。さぞかし、か弱く清楚な女性だったことであろう。
 自分にも、これまで恋愛の経験はあった。しかし、仕事に熱中するあまり、実らすことはできず短く終わり、結婚になど至らなかった。だからこそ、決心をつけ結婚相手を探したのだが、結果こんな深い傷を負わされるとは。
 祖父が駆け落ちのため出会おうとした帝国ホテル、帝国ホテルといえば、日比谷公園の前にある都内きっての一流ホテルだ。敬介の事務所のある新橋にも近く、よく前を通り過ぎる。
 フランク・ロイド・ライトが設計した建物と書いているが、それは祖父が生きていた時代の話しだ。というのも、その建物は、一九六七年に老朽化のため取り壊され、今では高層の建物に変わっている。建築家なら、誰でも知っている日本建築史において有名な話しだ。
 歴史的な建造物として取り壊しには内外から批判があり、それに応えるように玄関ホール部分だけを残し移築することになった。確か、それは愛知県犬山市の「明治村」というテーマパークに存在するはずだが。そこは、日本の明治時代に建てられた建造物を移築保存するために造られた場所で、いわば古い建築物の博物館となっている有名な場所だ。映画やドラマの撮影にもよく使われるそうだ。
 敬介は、建築家としていつか行ってみたいと思っていた。敬介は、モダンな最新建築が専門だが、古い建物にも参考にするデザインや設計の知恵などを学ぶことはしばしばある。
 だが、何よりも、かのライトが設計したという帝国ホテルを見てみたかった。祖父が、建築家を志すきっかけを与えたに違いないその場所に。祖父が一世一代の恋の賭けをしようとしたその場所に。ちょっとばかりでいいから真実の愛に触れてみたくなった。

第2章へつづく。とりあえず月1、2回の割合で更新。ただ、それに加え事情による頻度の増減あります。

この小説の著作権は、ブログの管理者、海形将志にあります。
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帝国ホテル | 18:56:32 | Trackback(0) | Comments(0)
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