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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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小説で地球環境問題を考える Part 23
地球環境問題を小説で説いてみようと思って書きました。自作小説ですが、環境問題を考えるための記事と思ってください。

熱帯雨林を守ろうと奮闘する環境活動家と破壊を進める国家及び企業の対立から浮かび上がる不都合な真実。

まずはPart 1からPart 22を読んでください。

 石田英明が逃走の末、高速道路から車ごと身投げし死亡してから数週間が経った。
 世間は、スキャンダル騒ぎで盛り上がっていた。スワレシアの通産大臣と日本の大商社が、賄賂で癒着していたこと。その通産大臣が、次期大統領の座をもくろもうと、現大統領の暗殺を企てていたこと。癒着に絡む、ダム建設などの公共事業は延期された。明智物産は、スワレシアと日本の検察庁による家宅捜索がとり行われた。

 由美子は、ホテルの一室で寝そべりながら、ハワイ大学で受けた環境学の講義を思い出していた。

 人間は、なぜ尊い自然を破壊するようになったのだろうか?
 かつて、人間は皆、森の中に住んでいた。人々は、森の恵みを一身に受け、森の動物を狩り植物を取り、暮らしていた。森には、食べられる動物や植物が溢れていたのだ。
 人類は、そもそも狩猟採集で生活を維持していた。狩猟採集だけで、すべてが済んだのだった。原始時代、地球の全人口は、二千万人程度だったと推定される。それだけの少ない人口に広大な大地と膨大な動植物資源に恵まれていたため、どんなに獲っても獲り過ぎるということはあり得なかった。
 人々は、自然を神のように崇拝していた。自然が、自分達にあらゆるものを提供してくれる。森の木々や動物たちと友情さえ分かち合っていた。だが、そんな生活にも変化が起こった。地球の寒冷化と人口の増加により、それまでの狩猟採集では、生活の維持が困難になってきたのである。
 そして、今から約一万年前、農耕革命が起こった。森の資源が少なくなった上に、多くの人間の生命を維持しなければならなくなったからだ。人々は叡智を絞り生き延びる方法を考えた。土地を平らにし、そこに種を植え、食物を育てる畑を作った。そのためには、森を切り開かなければならなくなった。森の木々は、邪魔者でしかならなくなった。生活形態も大きく変化した。これまで数十人ほどの部族単位で行動していた人々も、数百人以上に及ぶ集落を作り、農耕を行うことになったのである。狩猟採集生活では、部族は各地を点々と移動して行動を共にしていたが、農耕生活になると一つの集落が同じ土地の定住を余儀なくされた。一つ一つの集落に農耕の指揮を取るシャーマンと呼ばれるリーダーが出現する。生活には、数々の規則が設けられる。狩猟採集生活と違い、労働時間は格段に増えた。そのうえ、たくさんの労働力を必要とするため、大勢の人間を規則正しく使っていかなければならなくなったからだ。
 種を植え、田畑を刈ることばかりに精神を使い、快楽は悪とされ、勤勉な労働が美徳とされるようになった。自らの植えた種が実ることが、最大の幸福であり、限られた量の収穫物は、一人一人に分け与えられるため個人個人の取り分としての所有という概念が生まれた。狩猟採集の時代には、人々には、ものを所有するという概念が存在しなかったが、農耕革命から所有が始まったのである。もう一つ農耕革命は、新しい概念を作った。それは、人間が自然に対し常に挑戦し、優越した力を持ち、制していくことを生きる糧とする概念である。
 数百の集落は、拡大してゆき、数千、そして、数万という規模になり、いつしか一つの国家というものが築き上げられた。国家の中で、人民を統括する者は、王となり君臨した。人々は、その王のもとに仕え、暮らしていくこととなる。封建社会の始まりである。農耕社会から生まれた封建制度は、人間の間の身分の違いを生み、ある者は力を持ち他の者を支配し、ある者は、奴隷となり支配される立場となった。
 そんな封建社会が長きに渡り続いた後、十八世紀後半、ヨーロッパで産業革命が起こった。それは、これまでの封建制度によって低い身分におかれた庶民、特に商人を中心とした人々が力を持ち起こしたものだ。これまでの農耕生活と違い、食料だけでなく、それ以外の様々な品々を作るようになり、人々の生活は飛躍的に豊かになっていった。
 人間の知恵を結集して、次から次へと新しいものが生まれた。遠く離れたところでも自由に行き来できる蒸気機関車や、少ない人員で多くの繊維などの製品を作り出せる機械化された工場、自然を超越した神のなせる業を人間は手に入れた。人間の価値観は、物の豊かさへと移った。商人達は、効率よくたくさん売れるものを作ろうとする概念を持つようになった。資本主義の始まりである。多くの物を持つこと、また、それらの物の交換手段となる金も多く持つことが美徳とされた。多くの物や金を持てることは、権威を持つことにもなるのだ。人々は、競って金と権力を求めるようになった。
 より多くの物を低いコストで効率よく生産する。これは現代まで続く資本主義の必要概念である。企業は、利益重視で動く。利益を上げるためなら、環境破壊もいとわない。環境が、破壊されようとも企業の利益が上がるならば、それは善とみなされる。いわゆる公害が、その企業の考え方によって始った。
 二十世紀前半までは、その公害は、ある一地域までに限られていたことだった。それが、最近では、地球全域にまで広がる規模となった。企業は、利益利益と開発に走る。その企業に経済を頼る国家や人民は、それを支援する。国家は、経済成長のため企業の開発を支援するのだ。各々の国家は、国民生活を豊かにするためと、また、他国からの干渉を恐れ、自国の主権維持のために経済力の増強を図る。それが世界各国の目標となった。
 だが、一見ものが溢れ収入も増え、生活が豊かになっていく反面、身近にあった自然環境はどんどんと変わっていく。木々などの緑が失われていくばかりじゃない。ごく普通の生活さえままならなくなる変化が襲ってくる。地球の温暖化により北極・南極の氷が溶け海面が上昇しより広い陸地が水に埋まってしまう。フロンガスの放出によるオゾン層の破壊により、日光に含まれる有害な物質、紫外線が人間の眼や皮膚を直撃する。そうなると、うかうか外には出られなくなる。
 そんな破壊された環境の中で生活することが、人間にとって果たして豊かな生活といえるのだろうか。悪化する生活環境の対策に追われ、通常の経済活動もままならなくなる。企業や国家は目先の利益を追い過ぎるのだ。実際に恐怖の時は迫っている。二酸化炭素の増加による地球の温度上昇は毎年観測されている。オゾン層の破壊により、地理的にもっとも影響を受ける極地地方では、皮膚癌の発生が深刻な社会問題となっている。二十一世紀中に人類は、滅亡してしまうかもしれないという観測がある程だ。
 人間は、今まで自然を自分達の手で支配できるものと考えていた。自然を軽んじ、自然を自らの利益のため破壊尽くしてきた。だが、そのようなことをすれば、おのずとしっぺ返しが来ることを忘れている。自然の力は壮大なものであるが、仮にも、破壊し尽くせば人間に与える影響力も壮大である。自然が、人間の生活を支えているのである。自然を侵せば、それに支えられてきた人間の生活も侵すことになろう。
 人間は、長いあいだ、大事なことを忘れていた。人間も自然の一部であること。他の自然と共生していかなければ、けっして生きていけないことを。今、人類は大きなターニング・ポイント(転換点)に来ている。自然を破壊し、自らも破壊するか。自然と共生し、自らを生かすか。



 由美子は、これまで自分の身の回りで起きたことを、一つ一つ振り返った。大学を卒業し、日本に帰省したつもりのものが、東南アジアのスワレシアに飛ぶこととなった。そこで、自分の父親の会社が熱帯雨林を破壊してダム建設をするという事実を知った。それに反対するため様々な行動に出たが、すべてが逆目に出てしまう結果となる。あまりにも、自分が世間知らずだったことを思い知らされたのだ。
 一口に環境保護だと言っても、様々な事情が絡んでくる。国家、企業、政治、経済、また一般市民の生活も絡む複雑な事情だ。大学時代、そのことは、講義でさんざん習ってきたつもりであったが、実のところ、今回の体験を通して身を持って知った。


 ピンポーンとドアのインターホンが鳴った。ベッドから起きあがり、ドアを開けた。すると、そこには、意外な訪問者たちが立っていた。

Last Partへつづく。
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テーマ:誰かへ伝える言葉 - ジャンル:小説・文学

地球環境問題 | 21:09:43 | Trackback(0) | Comments(0)
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