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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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第3章 新聞記者
テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。歴史を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第2章までをお読みください。

「どなたです?」
「こんにちは。わいは大西哲夫というて大阪朝夕の記者やっとるもんや。白川源太郎とかいう人についていろいろ訊きとうて来たんやが、おまえさんはここの家のもんか?」
 何だ、ぶっしつけな、と龍一は思った。新聞記者とは、こんな人種なのかと警察官と会った時と負けないくらいの怒りを感じた。
「だから何です? 何も話すことはありませんから帰ってください」
と言った。新聞記者がここに来たのは初めてだ。事件は、警察の発表がそのまま紙面に載せられていて、取材に来る新聞記者などいなかったのだ。
「どうやら、おまえさんは、白川のせがれのようやな。わいはな、おまえの親父さんの汚名を晴らせるかも知れんので来たんや」
 龍一は、はっとした。この男は何を言っているんだと思った。たじろんだまま、男を見つめた。
「ええから、わいと話しをしようで、坊ちゃんよ」
 大西哲夫は、にたにたとしていた。

 龍一は、大西に紅茶を差し出した。大西は応接室のソファに腰を下ろしていた。
「おおきにな」
 大西は、カップの中の紅茶をがぶっと飲むと
「なんや面白い味がすんな!わしはこんなもん、飲んだことねえで」
 大阪弁のきつい話し方が耳障りな感じがした。龍一は、この関西の人々の言葉が馴染めなかった。父は横浜出身なので、関東地方で話される標準とされる日本語を話した。上海に住む日本人も出身はばらばらなので、お互い話すときは標準の日本語になることが多い。神戸に移ってから、関西の言葉に触れることが俄然多くなったが、最初のうちはよく分からず、意思の疎通に困難をきたした。何よりもびっくりなのは言葉が違うのもさることながら、アクセントの高低が激しく、普通の会話がけんかごしに聞こえてしまうことだ。
 龍一は、差し出された名刺を見た。名刺には「大阪朝夕新聞 社会部記者 大西哲夫」と書かれていた。
 大阪朝夕といえば、読売や毎日などと共に関西で名の知れた新聞社である。白川家でも定期購読をしていた。
「いいお手伝いさんがいるんやな。なかなかうまかったで、茶だけでなく、淹れ方もええからな」
「お手伝いは、もういませんよ。僕が淹れたんです」
「ほう、おまいさんのような坊ちゃんがか、さすが西洋館に住んどる人らはちゃうな」
 龍一は思った。決して自分の淹れた紅茶はうまいものではない。普段は家政婦が淹れてくれるのだが、たまたま淹れ方を知っていただけのことだ。めったに紅茶など飲まない人には、うまいと感じるのかもしれない。
「ところで、父の汚名が晴らせるってどういうことなんです?」
 龍一は言った。
「おまえさんの親父は、アヘンの密輸などやってないということや。誰かがおまえさんの親父に濡れ衣を着せたってことや。おそらく、白川源太郎さんは、その誰かがやっていることを知ったために濡れ衣を着せられたと思うんや」
 龍一はぎょっとした。そして、まさか、と思い言った。
「そんな、警察の話では、父は中国のマフィアと通じていて闇のルートを通じてアヘンの密輸をしていたって、父の会社の貨物にアヘンも発見されたことですし。新聞にもそう書いていたでしょう」
「おまえは、警察の言うことを信じるんか?」
 大西は、ぎょろりと龍一をにらんで言った。
「警察が嘘をついているとでも?」
「警察を動かせるもんが、嘘をついているといってもええかな、おまえの親父は、悪徳政治家とヤクザの連中にはめられたのかもしれん」
「何ですって?」
「鈴木宗ノ介って知っとるか? この辺の大物代議士や。こいつがな、白竜会とかいうヤクザと結託してアヘンを密輸しとるという噂があってな。うちらは、それが本当のことか必死で調べとうんやが、どうも証拠がつかめへんでな、おまえの親父さんのアヘン密輸容疑と聞いてピンときたんや。警察の動きもあまりに手際よすぎるしな」
 龍一は思った。なんだ、所詮は憶測で言っているのか、この男は。
「鈴木宗ノ介なんて人は、初めて聞く名前ですし、父の知り合いを誰から誰まで知っているわけではありません。もう父は死んだのです。これ以上、掻き回さないでください」
「何やて、貴様は親父をはめた奴らが憎くないんか、真実を知りとうないんか?」
 大西は、龍一をにらみつけている。龍一は、突然、貴様と呼ばれてぎょっとした。最初から、ずっとぶしっつけな態度には呆れる。いくら自分が年上だ、新聞記者だとしても、ずけずけと言い過ぎる。
「あなたは何様のつもりですか、新聞記者か何か知らないけれど、ずけずけと言いたい放題言って。父のことは僕があなたより、ずっとよく知っています。父は、あれで名うての貿易商でした。あの上海で財を築いたんです。上海ってどんなところか知ってますか? それこそ、いろんな人がいるんです。ギャングやマフィアなどが闊歩して無法地帯だともいえるところなんです。そんなところで成功を収めるには危ない橋も渡るし、まっとうなことだけしていればすむはずがないんです。父が、そういう連中とつるんでいたと聞いても驚くことではありません」
 龍一は、まくし立てるように言った。だが、言っていることに誇張はなかった。上海で育った体験からいえることだった。
「なーるほど、若造だが、海千山千ということやな。ま、言い過ぎたのは堪忍な。しかしな、わいは、このまま済ますのは納得いかんのや。何かあるんかと思うと気になってな」
 大西の表情が、悲しげになった。
「あなたがどうして気にするんですか? 父と知り合いでもない赤の他人なのに」
 龍一は言った。
「わいはブンヤなんや。真実を追うのが仕事なんや。そして、探し出した真実を多くの人に知ってもらう。それが、わいの使命にしとることなんや」
 大西がそういうと、二人はしばらく黙った。
しばらくの沈黙の後、大西はソファーから立ち上がり、この応接室の壁にかけられている数々の絵画を眺めた。
「これは、ヨーロッパかどこかの有名な画家の絵かいな」
 大西は雰囲気を和らげるかのように言った。
「いいえ、みんな無名の画家の絵です。父が、好意でお金を出して描かせた絵ばかりで、売っても何の価値もありません」
 龍一は、頭の中で遺産相続のことがよぎった。
「ほう、そうかいな。わいはいい絵ばかりだと思うで。名が通った画家が描いたからとて、いい絵とばかりは言えんのやで」
 そうかな? と龍一は、思った。龍一は絵画の価値などよく分からなかった。父は、貿易で美術品も扱っており、かなりの目利きであったのは知っている。しかし面白いことに、自分では高価な絵画などは購入しなかった。普通の西洋館と同様に室内を飾るため調度品や絵画は置いているのだが、この家と上海にいた時の家でも、絵画や調度品などの美術品は、評判や知名度よりも、自らの好みで選んでいた。
 そのうえ、絵画は、上海や神戸の売れない若い貧乏画家に描かせるのが常だった。父も、若い時代に苦労した経験があり、志のある若者の手助けをしたいなどと言っていたのを覚えている。
 いつも仕事で忙しく、ぶっきらぼうな父であったが、そんな一面があることを思い出した。
 龍一は、あらためて応接間の絵画を眺めた。上海と神戸の景色を描いた絵が数枚並べられている。まあ、まんざら悪くないなと思った。同時に、今まで見飽きるほど見ていた頃とは、全然違う感覚に襲われた。何だか、不思議な感覚だった。
「ほな、わいは帰るで」
 龍一は、大西を玄関の外まで送り出した。
「なあ、何か思い出すことがあったら、それか、何か見つけたら、わいに知らせてな」
「ええ、まあ」
 そんなものはないだろうと思いながら、龍一は答えた。
「ええな、このことはおまえだけのためやない。これはな、全ての民衆のためになるかも知れんのや」 
 大西は、大きな目をぎょろっとさせて言った。
「全ての民衆のため・・・」
「ああ、そうや、じゃあ、さいなら」
 大西は去っていった。
 龍一は、考え込んだ。「自分のためだけではない」という言葉が、心に響いた。

 ふと、大西に会ってから、何か事件と関わりのある何かに気付き始めた気がした。だが、それが何だかが分からない。多分、気のせいだろうと思った。

第4章に続く
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テーマ:戦前近代史小説 - ジャンル:小説・文学

白虹 | 14:20:53 | Trackback(0) | Comments(0)
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