■プロフィール

海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

■最近の記事
■最近のコメント

■最近のトラックバック

■月別アーカイブ
■カテゴリー
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
「私を「スキーに連れてって」の時代に連れてって」 第3章 1989年3月 
バブルの時代が、本当に幸せな時代だったのかを問い直す小説。

まずは序章第2章をお読み下さい。

「ちょっと、大丈夫?」
という女性の声で涼子は、はっと目を覚ました。気を失っていたわけではないが、転げ落ちて、その衝撃でぼおっとしていたのだ。特に怪我もない。痛いところもない。片足にスキー板をつけたまま横たわっている状態だ。よし、と思い起きあがった。
 起きあがり、板をつけた片足を引きずりながらゆっくりと転げ落ちた坂を上った。ああ、死ぬかと思った、と涼子は無事な自分にほっとした。
 赤色の柵ネットのところに白いスキーウェアを着た女性が立っていた。涼子は、その女性を見上げた。はっとした。何とも見覚えがあるような、「お母さん」と声を上げようとしたが、喉元でそれをとめた。
 母の雪子に似ているが、涼子の知っている雪子よりずっと若々しく、髪の毛は肩の下まで伸びるほど長い。年齢的にいえば二十代前半だ。
「怪我はない? 大丈夫?」
とその母似の女性は言う。その女性は、胸元にネームプレートを着けていた。「志賀高原スキー場公認インストラクター 松本雪子」と書かれている。涼子は、はっとした。松本は母の旧姓だ。というか父との離婚後、その姓に戻っているが。単なる偶然か。
「大丈夫です」
と涼子はとりあえず答えた。
「そう、よかった。だけど、片方の板は、それにストックは?」
と松本雪子に言われ、
「それは、どこかに?」
と涼子は言いながら、辺りを見渡すが、転げ落ちたときに放したストック二本と外れた片方のスキー板は見当たらない。どこにも落ちてないのだ。
「ここで外しちゃったのよね? あなたが落ちたところを見た訳じゃないけど、そのはずよね?」
と松本雪子。
「ええ、そのはずです。だから、この辺にあるはずでは」
と涼子は改めて見渡すが、周囲十メートル四方に板やストックは全く見つからない。
「あら、あなたのつけているスキー板って、変な形ね。改造ものなの?」
と雪子が、涼子の板を見ながら言う。
 涼子は、えっと思った。いわゆるカービングスキーだ。そんなに新しいものでもないはず、インストラクターがそんなことに驚くとは不可思議だ。
 だが、雪子は初めて、それを見るように真剣に見つめる。涼子は、雪子の履いているスキー板を見た。その板は、映画「私をスキーに連れてって」で見たような先がとんがって、反り上がっているような形。現代では主流ではない板だ。インストラクターだから、そんな板を履くのか、と不思議に思った。
 すると、二人のいるところに、スノーモービルが近付いて来た。中年の男性が乗っていた。
「どうしたんだ?」
と男。
「ああ、キャプテン、この子が改造もののスキー板を履いていて、ストックと片方の板をなくしたようなんです」
 インストラクターたちのリーダーの男は、涼子のスキー板を見る。
「何だ、これ? これってもしかして、スノーボードとかいうのじゃないのか」
「スノーボードだと、もっと大きくて幅が広くて付け方も違うんでは」
と雪子が言うと
「うーん、だが、スノーボードに似て非なるもの。とはいえ、通常のスキー板ではない。とにかく、ここでは、こんな板は滑走禁止だ。悪いが、すぐに退場してまともなのに履き替えるかしてくれ」
とキャプテンは言った。
「そうね。分かった? あなたは規則違反の板をつけているわ。他のお客さんに迷惑よ」
 雪子は、涼子を少し睨んで言う。
「え、悪いんですけど、この板はホテルでレンタルしたものですよ」
と涼子は言い返す。
「ホテルでレンタル? え、そんなものをレンタルなんてしているはずないわ」
「いえ、しているんです。今朝、借りてきたばかりですよ」
と涼子。突然、ふっかけられた苦情に仰天し、むかっとした。
「変よ。どこのホテル?」
「この下の志賀高原温泉ホテルです」
「あら、私が今、滞在しているところよ。今は、そこのホテルのお客さんを主に指導しているの。あなたもお客さんってこと?」
と雪子が言うと
「そうだけど」
と涼子は答えた。
「ふうん、それらしくないわね」
と何とも意味深な言葉を雪子は口ずさむ。
「おい、とにかく、このまま滑って貰っては困る。とりあえず、麓に降りてくれ」
とキャプテン。
 腑に落ちない気分で涼子は、キャプテンの後ろに乗せられ、スノーモービルで下まで降ろされることになった。雪子はスキーで平行してさっと滑り降りる。
 涼子は、雪子の滑りを見て驚いた。楽々と上級者コースの急な傾斜角を降りていく。プロ並みの滑りだ。顔を見ると、母、雪子が若返ったような顔。それに背格好も似ている。涼子の知っている母は、病気でかなりやつれているが、若くて健康だったら、こんな外見だったと思われる姿だ。
 だけど、母のはずではない。旧姓と名前が同じだが、若返ってこんなところにまで来て、こんなにうまくスキーが滑れるはずがない。
 麓に着いた。とりあえず、周囲を見渡す。何だか様子が変だと思った。そんなに変わってないはずなのだが、何かが変わっているというような雰囲気が漂う。
 リフト乗り場を見ると、かなり多くの人が並んでいる。もう時間が経ったからなのだろうか。ふと、そのスキーヤーたちのスキー板を見ると、皆、雪子がつけているような旧式のスキー板をつけている。カービングスキーやスノーボーダーは見当たらない。
 変なの、ホテルの係りの人は、今はカービングスキーが主流だと言っていたのに、実際は違うじゃないか。
 志賀高原温泉ホテルの前にスノーモービルが着く。涼子は降りて、とりあえずスキー板を外した。雪子もスキー板を外す。
「さ、行きましょう。お客様」
とからかうような感じで涼子に言う。雪子についていくようにホテルに入る。



 中に入る。スキーブーツを履きながらなので歩きにくい。
 ホテルのロビーを見て驚いた。雰囲気が変わっている。壁紙、照明、客が煙草を吸いながらたむろする様子。今朝、着いてチェックインしたときとは大違いの様相だ。ほんの数時間の間に改装して、お客がどっと押し寄せたというのか。
 フロントの方へ行く。フロントには、二人の係がいて、一人が、別の客の対応をしていた。もう一人に話しかける。今朝見たフロント係と違って中年の男性だ。交代したのだろうと、涼子は思った。
「すみません、この娘が、ホテルのお客さんで、この板をこちらで借りたっていうんだけど」
と顔見知りなのか親しげな口調で言う雪子。涼子の外した板を見せつける。
「はあ、この板ですか。こんな形のは観たことありませんね。それに現在のところ、ホテルは、中部日本物産様の社員旅行で貸し切りですよ。こちらの方がお泊まり客というのですか」
 フロントの男性は、まじまじと涼子を見つめる。涼子は、男が発した「中京物産」という言葉に鈍い衝撃を受けた。それは、母と離婚して以来、姿を見せない父の務めていた商社の名前だ。不況によるリストラで解雇され、それ以後、涼子の家庭は崩壊してしまった。「中京物産」という言葉自体、耳障りになっているほどだ。偶然にも、そんなところが貸し切りにしていたホテルに宿泊していたなんて、すぐに抜け出したいくらいだと思った。
 だけど、今朝チェックインしたときは、簡単に部屋が取れたのだし、社員旅行で貸し切りなんて聞いていなかったけど。
「お客様、お名前はいただけますか。どの部屋に泊まっているのかもお教えいただけますか」
と男が言うので、
「部屋番号は二〇四号室で」
と次に名前を言おうとしたが、考えてみると、部屋は、アキラの名前でチェックインしたはずだ。あの男がカードを差し出したのを覚えている。だが、アキラは、アキラとしてしか名前を知らない。名字を聞いたことがない。そもそも、名字も何も知りたくもないほど嫌いな男だ。
 名前を言おうとしたところで、彼女は沈黙した。すると、フロントの男は、
「二〇四号室は、男性三名のご宿泊となっておりますが、中京物産の方です。本当にあなたが宿泊を」
と言った。
 涼子は、頭が混乱した。一体どうなっているのか。そうだ、鍵があるはずだ。だが、スキーウエアのポケットを探りながら、はっとした。
 ロッカールームで着替えたとき、その時、身につけていた服・靴と一緒に財布、携帯電話、ルームキーを置きっぱなしにしたのだ。
 ただ、ロッカーの鍵はある。さっと取り出した。だが、部屋番号ではない。
「これが、ロッカーの鍵です。そこにルームキーが置いています。私の服も」
と差し出す。雪子が、それを見つめる。
「これがロッカーの鍵? うちのじゃないわよ、これ」
と言われ、またもや、こんがらがる。
「あ、そうだ。このワッペン見てください。今朝、ここで買ったリフト券です」
とゴムバンドで腕にくくりつけたリフト券を見せつける。
 リフト券には、日付と有効期限、リフト乗り場で入場門を開くためのセンサーに反応するバーコードがプリントされている。名前はない。
 雪子は、それもまじまじと見つめる。
「変よ、これもここで使っているのではないし、それに日付が変。打ち間違いじゃない。一〇年だって、今年は西暦で一九八九年よ。平成だとしても、〇一年よ」
とさらりと雪子が言うので、涼子は、からかわれた気分になった。
「冗談いうのはよしてください。なぜ今年が」
と言ったところで、涼子はフロントの壁に貼られている大きなカレンダーを見つめた。「一九八九年(昭和六十四年)三月」となっている。昭和六十四年って、昭和天皇の崩御が一月にあった年だったから、そんなことを想定していなかったため前年に刷られたカレンダーは平成年号を使ってなかったと聞いたことがある。
 目の錯覚なのか、どうして、そんな古いカレンダーを掲げているのか。今朝は、こんなものはなかったはずだ。同じ建物のはずなのに、中の様子ががらりと変わっている。涼子をみんなでからかうためにそんなことをしているのか。
 涼子は、こんな変な連中に絡まれるのは嫌だと思い、今、この時点で頼るしかないアキラのいるところに行こうと思った。もう目を覚ましているはずだ。
 ブーツを履いたままでは動きにくいので、脱いで靴下になったまま階段を駆け上り二階へ行く。二〇四号室だ。
「ちょっと」と雪子が後ろから声をかけ、追いかける。
 二〇四号室に着いた。インターホンを押す。アキラ、顔を出して状況を説明してよ、と願った。アキラよりたちの悪い連中に、今、絡まれている。
 誰かが部屋の奥から歩いてくる音が聞こえる。やった、アキラだ。
 ドアが開いた。
 涼子は、自分の目を疑った。
「お父さん」と声を発したくなった。しかし、父ではない。父には似ているが、涼子が最後に見た父よりずっと若々しく、それに頭に、ふさふさと毛が生えている。
「はい」と父似の男が声をかける。眠気眼で起きたばかりというような表情だ。
 涼子は廊下に後退った。後退ったところは、一階のロビーからの吹き抜けと接している廊下で手摺りがある。手摺りに背中がぶつかり立ち止まった。
「ちょっと、あなたどうしたの?」
と雪子が現れた。同じくブーツを脱いで靴下の状態だ。涼子は、目の前の父と母が若返った姿にそっくりな男女を見て気が動転して、急に腰を抜かしてしまった。腰を床に落とした。驚愕して立ち上がれない。とんでもない次元に自分が引きずり込まれたことを自覚した。
 ああ、どうしよう、いったい全体何が起こっているのか。どうしたらいいのか。

 それから、約一時間後、涼子はホテルから少し離れた診療所にいた。雪子と宿泊客の磯崎純平が腰を抜かした涼子を運んできたのだ。
 医師は、何を言わず放心状態の涼子を見つめながら、涼子は名前を訊かれたが、それに対しても沈黙した。
「うーん、何も異常はないようだけどね。特に頭を打ったとか、怪我をしたということもないし」
 聴診器を体に当てたり頭を触ったりして診たりした。とりあえずならばということで、レントゲン写真も撮らされた。
 そして、三十分以上してから医師は
「多分、スキーで転げ落ちたときのショックによるものじゃないかな。外的な障害は何もない。一時的なものでしばらくすれば回復するだろう」
と言った。涼子は、そう言われた後に、ふっと気を取り直しこう話した。
「わたし、涼子と言います。覚えているのはそれだけです。スキーをしに来たのだと思うのですけど、転げ落ちる前のことは覚えていません。どこから来たのかも、ホテルも志賀高原温泉ホテルではなかったのかもしれません。どこかに泊まっていたのですけど、どこだか定かではなくなりました。どうしたらいいのでしょうか」
「記憶喪失かよ?」
と純平が言った。医師は困った顔になった。
 その後、話し合い、仕方なく、涼子は雪子と一緒にホテルに戻ることにした。純平は、中部日本物産の社員で、他の社員と一緒に食事を取ると言うことで別れた。雪子の泊まっている従業員用の部屋に連れて行かれた。
「うーん、困ったわね。記憶がないとなると思い出すまでどうしたらいいのか。若いからご両親やご家族がいるはずだから、連絡があるかもね」
「でも、全く覚えてないんです。何となく、一人で来たと思うし」
「そうね、あなたはここの人って感じじゃないし、きっと旅行で来たのよね」
と雪子は困ったような表情を見せる。しばらくして考えた挙げ句。
「ねえ、記憶が戻るまでの間、ここで働かない?」
「え、いいんですか」
と涼子が驚いて言うと
「仕方ないじゃない。誰も面倒見てあげられないんだし、それにね。今、このホテルは人手不足なのよ。最近は景気が良くて、その上スキーブームだからお客でいつも満杯で、困っているところなの。支配人には話ししておくから、このホテルの従業員としてアルバイトしたら、ここは住み込みで働けるし、どう?」
と雪子は、歓迎するかのような生き生きとした表情で話すので、涼子はなぜか嬉しくなり「うん、喜んで、頑張ります」
と答えた。

第4章へつづく。

この作品の著作権は、このブログの管理者、海形将志に帰属します。許可なき転載や盗作はかたくお断りいたします。出版予定の作品です。
スポンサーサイト

テーマ:幻想小説 - ジャンル:小説・文学

スキー | 19:00:38 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。