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投稿日:2009-12-16 Wed
私はその人を常に鈴木邦男「先生」と呼ぶことにしたい。先生とは、最初にコンビニで偶然出会い、その時は、声をかけ、一緒に写真を撮って貰い、それから、名刺を渡された。近くに住んでいることが分かった。次に道端で偶然顔を合わせた。先生は気付かず、私も声をかけず通り過ぎた。次は、ファミレスで私が「資本論」を読んでいたときに、たまたま隣の席に座った時だった。その時も、声をかけなかった。だが、先週の日曜日の夜、また、同じファミレスで出会った。私が昼食を食べていたとき、先生が「昭和文学史」という図書館で借りたらしい本を持って隣の席に座った。先生は、青いジャケットに紺のチェック柄のマフラーをまとっていた。そして、鍋焼きうどんを注文し、食べるときは麺を小さな椀にうつしてすすって食べていた。
そんな先生のそばで、私は夏目漱石の「こころ」を読んでいた。
出だしは、「私はその人を常に先生と呼んでいた。」で始まるもの、一貫して「先生」で、主人公も「私」としてしか紹介されない。その他の人物も、そんな風で、名前で呼ばないところが面白い。だから、この作品はいびつでありながら、登場人物に対して、読者が独自の想像ができるつくりになっている。私は、この作品を本を読む前に演劇で知った。そのことがきっかけで、本を324円で買って読んでみることにした。
先生と出会い、その先生にひかれた大学生の青年。その後、先生が暗い過去を背負っていることを知り、ついには遺書を受け取る。遺書には、先生が犯した過去のあやまちが綴られていた。己の欲のため、親友を裏切ったということである。割愛すれば、罪悪を背負って生きることは生きていることにはならないというメッセージか。内容的には、何の変哲もない感じがする。もし、私が演劇を観ていなければ、この本を買って読むこともなかったと思う。まあ、明治時代の人々は、純粋だったということか。
漱石に関しては私は最近面白いことを知った。NHKドラマの「坂の上の雲」で、日露戦争の日本海海戦で大活躍をした参謀、秋山真之と漱石が同じ大学の予科練で共に学んでいたことだ。ドラマの重要人物、正岡子規とも同輩だ。この秋山参謀の乗っていた戦艦三笠と私は、不思議な腐れ縁がある。そのため、漱石にも親しみを感じている。
実をいうと、自分は漱石のような小説家になりたいなと、かねてから思っている。作品は、このブログを含め、いろんなところで発表しているのだが、なかなか小説家にしてもらえるチャンスに巡り合っていない。ああ、どうしたらなれるんだろう。
そうだ、右翼団体「一水会」顧問で数多くの本を出版されている鈴木邦男先生なら、なんとかしてくれるかもしれない。きっと、チャンスをくださるだろう。このブログを読んで、是非とも、私に小説家になれるチャンスをくだされるようでしたら、メールをしていただきたい。
メールアドレスは、masagata1029アットマークy8.dion.ne.jp まで。
または、このブログにコメントでも残して貰えれば結構です。よろしく!
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