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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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翻訳者小説「風と共に去らないでくれ」 第2章 侯爵と映画を観る
映画は国家の危機を救えるか。

まずは第1章をお読み下さい。

東京に帰った達朗は、自分を字幕翻訳者として雇ってくれている洋画配給会社の社長にGONE WITH THE WINDのことについて話した。
「ああ、その映画なら去年だったかな。うちにも配給の話しがあってな、君の前の翻訳者にフィルムを見て貰ったんだよ。だけどな、彼の話によると、当ご時世では上映は無理だという結論に達したんだよ。君も見たのなら分かるだろうけど、どうせ検閲ではねられるに決まっている」
とあっさりと答えた。
やはりそうか。確かに、内容は戦争批判の側面が多い。自由の国で、まだ戦争をしていないアメリカだからこそ、作れた内容なのだ。ただ、この映画の原作となったマーガレット・ミッチェル著の同題名の小説は翻訳され、すでに日本で出版されているという。タイトルは「風と共に去りぬ」だ。その翻訳小説書籍もあった。ただ、映画版は原作から省かれていたり、変更されている箇所があるという。
「とは言ってもな、ただフィルムと台本ならまだ保存しているよ。どうせ上映は無理だから返そうと思ってはいたんだが、いろいろあって返しそこねてな」
それはいいと達朗は思った。
「お願いします。何とか上映してください。そうだ、知り合いに政府や軍関係者と深いつながりを持つ人がいます。この映画を彼らに見せれば、国家の危機を救えるかもしれません。最初の上映会に呼ぶように頼み込んでみます。そこで認められれれば、全国でも上映することもできます」
達朗は、必死で社長を抱き込んだ。しばらくして、社長は考え込んだ挙げ句。
「よし、君がそういうのならいいだろう。だけど、その前に、その知り合いとやらにお偉方に対し上映する手はずを整えてもらうんだぞ」
それが条件になったが、達朗は、必ずして貰えると確信した。

その人は、「侯爵」と呼んでいる人で、つまり華族のタイトルを持つ人。亡き父の友人でもあった人で、達朗が子供の時から親しくしている。侯爵もアメリカやイギリスに留学した経験があり、日本がアメリカなどの列強と戦争しても勝ち目はないことは十分承知している。

侯爵に電話をして、配給会社の映写室に来て映画を観て貰うように頼み込んだ。忙しい中、何とか4時間分の予定を開けて貰った。

映写室で、フィルムを回した。侯爵は葉巻を吸いながら達朗のそばに座り映画を観る。達朗と同様に字幕などなくとも、原語で台詞を理解できる。

映画が始まる。最初に勢いのあるテーマ曲が流れ、カラーフィルムで農場、綿花畑、庭園、豪邸の風景が映し出される。同時に出演者、撮影スタッフのクレジットも流される。テーマ曲とそれが終わると、農場で黒人奴隷が働く姿が映し出され、物語の背景となる時代の説明を字幕文で流す。

これが、南北戦争時代(1861ー65)のアメリカ南部を舞台にしていること。それは、古き良き時代で、今や風と共に過ぎ去ってしまった世界であるということ。

GONE WITH THE WIND とは「風と共に去ってしまった」世界を意味している。



もっとも、その古き良き時代は、奴隷を所有してほぼ無償労働として活用して綿花畑の貿易で莫大な利益を得た白人の農場主にとってのことだ。奴隷とされた黒人にとっては、過酷な条件で給与も支払われず働かされ、怠ければ鞭で打たれ、場合によっては殺されることもあった。殺されても主人にとっては、所有物を壊したか捨てたと同等に解釈される。つまり黒人は人間とはみなされない。

南北戦争の後、南部の敗北で黒人は奴隷という身分から解放されたが、人種偏見は、その後も根強く残った。それは、アメリカで過ごした経験のある達朗と侯爵には、十分経験済みのことだ。異人種同士の結婚は禁止され、場所によっては有色人種が立ち入ることが禁止されている場所もある。当然、東洋人であった達朗も差別はそれなりに経験したが、しかし、黒人の受けていた差別を見ると、それは東洋人以上にひどいものであることはよく理解できた。それは肌の色の違いというだけでなく、奴隷制という歴史的な要素が起因していることから分かる。
 
物語は南北戦争直前の南部はジョージア州の大農場主の邸宅から始まる。農場主のオハラ家の長女、スカーレット・オハラは、愛らしく大金持ちの娘らしい様相である。高価な総天然色カラー映像、映画といえば、白黒が当たり前だ。カラーフィルムは数年前から日本でも売られているが、しかし、白黒に比べとても高価だ。しかし、見たままの色だから、臨場感が全然違う。

スカーレットは白いレースのドレスを身につけている。19世紀らしくスカートが傘のようにふんわりと膨らみ足元まで覆う。彼女を挟む双子の若い乗馬服を着た男性二人。オハラ家を訪ねた客でスカーレットと親しい仲らしい。双子は、そろって戦争が始まる予感を語っている。彼らは、戦争になれば大学などやめ軍に志願してヤンキー(北部人)の奴らを叩きのめしてやるとスカーレットに語る。

まさに、この時代の日本の状況を彷彿とさせる。相手は、北部ではなく、南部と北部を合わせたアメリカ合衆国だ。日本は、中国に軍隊を派遣して、満州国という傀儡国家を設立。そこで中国人を酷使して、侵略行為を拡大してきた。そのことが、昨今の戦争状態間近といわれる日米関係の、そもそもの要因であった。日本の中国支配が、アメリカの中国での市場進出機会を奪い、また、日本の中国人に対する非人道的な扱いが、非難の対象になった。特に1937年12月、南京で起こった市民を巻き込んだ虐殺事件は、アメリカで新聞などで大きく報じられ、日本人は「人道の敵だ」という言葉が溢れかえり、達朗も、日本人であることで、かなりつらい思いをしたことを覚えている。その後、中国のみならず、アジアの欧州植民地にまで勢力を拡張しようとしたため、アメリカはついに石油の禁輸という実力行使にまで出るようになった。

南北戦争は、工業化の進む北部と奴隷制で農業を中心に栄える南部とが文化や意見の食い違いで争い合った結果に起こった戦争だ。奴隷を必要としない北部人は、南部の封建的な奴隷制度が自由な労働力の流動をせき止めていることに不満を持ち、また奴隷に対する非人道的な扱いを不道徳なものだと非難した。

しだいに南北の分断は決定的なものとなる。ついには奴隷制を堅持する南部の州は合衆国連邦を脱退。それに対し、北部合衆国政府はリンカーン大統領を筆頭に「奴隷解放宣言」を出し、そこからアメリカ合衆国建国以来の内戦が勃発する。

その戦争間近の緊迫した状況は、映画の場面で分かりやすく描写されている。スカーレットが招待される園遊会で、紳士だけの集まりの場面がある。淑女たちが優雅に昼寝をしている間、紳士諸君は葉巻を吸いながら、今後の展望について語る。必ず北部の奴らを叩きのめしてやると叫ぶ紳士諸君の中で、一人はぐれものの男、レット・バトラーが、北部にいた経験から南部が戦争に勝てる見込みはないと、空気を読まない発言をする。
「北部は我々とは比べものにならない兵器を持つ」と主張すると
「我々には勇気がある」と一人の青年が言い返す。それに対しレット・バトラーは
「いざとなれば、勇気より大砲だ」と、そして付け加えるように
「我々にあるのは、綿花と奴隷とおごりだけだ」と思いっきり同胞を蔑むような発言をする。しかし、それは、とても現実的で状況を客観的に分析した発言であるといえる。
 しかし、納得のいかない紳士諸君はバトラーを罵倒する。
「皆さんの勝利の夢をうち砕いて悪かった」とバトラーは言い、その場を立ち去る。

ああ、まさに今の軍部の状況と酷似している。彼らも似たようなメンタリティだ。冷静で客観的な状況分析など全くしていない。日本は神国だから勝てると思い込んでいる。国民も、制約された情報から、そう信じ込まされている。
アメリカを見てきたものなら、日本とアメリカの国力の差が分かるのだが、大多数の国民はそれを知らない。教えても聞く耳を持とうとしない。
 
そして、結果はバトラーの予想通りであった。南部は北部の圧倒的な火力により蝕まれ、スカーレットの農場も荒廃し、財産もことごとく奪われる。農場の奴隷には逃げられ、北部の支配下に入り困窮する中、スカーレットは再生を決意する。

4時間後、映画が終了すると、侯爵は、凍り付いた表情をして言った。
「よし、これを見せよう。映画なら小難しい説明も要らない。そのままの感覚で理解できる。彼らもこれを見たら考えが変わるかもしれない。こんな映画を作る国と戦っても勝ち目がないことを。私が何とか、上映会を設定する。君は字幕の準備をしてくれないか」

達朗は、やったぞと、これで戦争は避けられる、と確信した。

第3章へつづく。
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テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

軽小説 | 01:28:28 | Trackback(0) | Comments(0)
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