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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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格差社会を考える小説: アップタウン・ガール 第1章 ビリー・ジョエルのナンバー 
昨今、日本では格差と貧困が深刻な社会問題となっています。今や全労働者の3分の1は、パートや派遣などの非正規雇用の労働者です。20代の若年層だと半分以上が非正規です。高度経済成長やバブルの時代は終わり、企業は収益を削るため、落ち込む売上から収益を増やすため、人件費を削るようになりました。その結果、所得は落ち込み貧困層は広がるばかりです。今や全勤労者の4分の1は、年収200万円以下です。

しかし、そんな企業の論理だけでことを進めていいのでしょうか。それが、社会にどんな歪みを生むか真剣に考えるべきではないでしょうか。これからお届けする小説は、そんな格差社会と広がる貧困問題をテーマにしたシリーズ第1弾です。まずは、英語で「山の手のお嬢様」を意味するアップタウン・ガールです。ビリー・ジョエルの有名なナンバーからヒントを得ました。

ある日、山の手育ちのお嬢様が、自分の一家が経営する会社で働くワーキング・プアたちの実態を知ります。そして、悩む彼女に目覚めの時が来ます。軽小説スタイルで。





元田彩奈は、世界で指折りの規模を持つ自動車会社モトタ・モータースの創業者一族である元田家三代目の一人娘であった。生まれた頃から、銀のスプーンを加えて育ち、何不自由ない環境で育った。

家業を継ぐために、英語と経営学を学ばせるため、彩奈は、アメリカはニューヨークの大学に留学していた。父が、それを望んでいたし、留学をしてみたかったので、そうした。

その晩は、卒業と帰国、そして、彼女の23歳の誕生日を記念した盛大なパーティーに出席。当然、主役は彩奈だ。会社の役員の方々、モトタ・モータースの関連会社やマスコミ関係、広告会社の人々も出席している。みんな、社長の一人娘の彩奈をちやほやする。いずれは後継者。また、このパーティーはお見合いでもあった。社の有望な若手社員も招待され、正装をして彩奈に紹介される。お婿さん候補たちというわけだ。

彩奈は、元田家の娘として恥ずかしくないよう、にこにこと愛想よく振る舞った。高価なドレスでめかし込んで、父から誕生日プレゼントに貰った真珠のネックレスをつけ、いろいろな人々と会話した。お決まりのトークが延々と続いた。

疲れても、疲れを表に出さないように必死でこらえた。彩奈のために特大のケーキに23本のロウソクが立てられ、「ハッピー・バースデー・トゥー・ユー」が歌われた。主役の彩奈はロウソクの火を消す。一同一斉に、「彩奈さま、卒業おめでとう。お誕生日おめでとう。また、ご就職おめでとう」と祝の言葉が発せられた。

彩奈は、もしかしたら、同年代では日本で一番、いや世界でも一番、輝き幸せな女性なのかもしれない。少なくとも、外からはそう見えた。

しかし、彩奈は、それなりに分かっていた。自分を取り囲む人々の笑顔や褒め言葉が全て作り物だということを。子供の頃だったか、児童文学の本で「小公女」という本を読んだことがある。それは、19世紀末のイギリスを舞台にしたストーリーで、大金持ちの一人娘が、寄宿女学院に特別生として入学する。だが、父親の破産と死の知らせが届き、境遇は一変。特別生からメイドにさせられこき使われる身分に落とされる。それまで彼女をちやほやしてきた人々が一気に冷淡になるのだ。結局のところ、主人公の少女に親切にしていたわけではなく、それは、背後にある彼女の父親の財力に対し敬意を払っていたということなのだ。人間社会とはそういうものなのだ。幼心に、衝撃を受け、本の主人公と自分の境遇を重ね合わせた。

パーティーに出席して思った。自分は一体何なんだろうって。そして、パーティーの盛り上がりがやや冷めてきた頃、彩奈は会場をこっそりと抜け出した。すでに会場は、父親や会社の役員、顧客、マスコミなどのビジネス交流の場と変質していた。どうせ、自分は道化で誕生パーティーは口実に過ぎないものだと思い知らされる。

なので自分がいなくても差し障りがないはずだし、楽しんでいる振りをするのは、もうくたくただ。

会場のホテルから、ドレス姿のまま、裏道を歩く。敢えて大通りには出なかった。タクシーを拾って家に帰ろうかと思ったが、家に帰っても退屈だし、どうせなら、どこかで飲んだり、ちょっとした食事でもしようかと考えた。

そして、そんなことをするのに丁度いい場所を見つけた。「BAR JOEL」という看板がぶら下がった小さなバー。裏通りの飲屋街の一軒家だ。なんだか、こじんまりとした雰囲気が気に入った。ここなら落ち着けそうだ。

中に入った。音楽が聞こえる。あ、ビリー・ジョエルのナンバーだ。壁にはビリー・ジョエルの写真が貼っている。ニューヨークにいた時、地元で最も有名なミュージシャンとして知られ、いろいろなところで、彼の音楽は流れていた。そうか、それで、このバーの名前はジョエルというのか。

中には、彩奈より少し年上ぐらいと思える男がマスターをしていた。髪の毛は長髪で、後ろで結んで、ややアーチスト風だ。だが、狭いバーだ。カウンターと席が5席程度しかない。こんな狭いお店初めてだ。

「いらっしゃい」とマスターの男。


「今晩は」と彩奈。マスターの男は、彩奈を見て、目をぎょろっとさせている。
「いや、いや、盛大なイベントでもあったのかな、この格好は」
と男は物珍しそうに言う。
「いやだ、場違いだったかしら。でも、その通り、変なイベントに出てね。うんざりして出てきたところなの」
「へえ、でも、すごく綺麗だ、お客さん。歓迎だよ。こんな店にでも来てくれて」
「そんな、こんな店だなんて、とってもすてきだと思うわ。こじんまりとしていて」
「こじんまり、それって褒め言葉? まあ、この辺の店はみんな、そんなところを売り物にしているけどね」
「実をいうと、こういう店は初めてなの」
「だろうと思ったよ。ま、ここに来たら、お通しで1000円で、軽食にドリンク一杯。あとのドリンクは追加料金。棚に乗っかっているものから選んで」
そういわれて、棚を見ると、ウィスキーやバーボンやワインなどが並べられている。
「とりあえず、お通しを出すね。スパゲティでどう? 飲むのは何にする?」
「うーん、じゃあ、ワインで」
「赤、白」
「ロマネ・コンティなんてないわよね?」
「ロマネ?」
「うーん、赤でお願い」
 カウンターに赤のワインとスパゲティが出された。ワインは安物だ。ニューヨークやパリで飲んだことのあるワインとは格段の差だが、それでも、十分においしく感じられた。この雰囲気のせいだろうか。そして、スパゲティも、その場で調理してくれて、その場で出されておいしかった。どう考えても、安物なのに、どうしてこんなに美味しく感じられるの?
「ねえ、マスターさんってビリー・ジョエルのファンなの?」
「いや、俺は雇われマスターなんだ。ここのオーナーが好きでね。どんな歌なのか分からないけど、営業中はかけっぱなしにしてくれっていわれているんで」
「でも、バーのマスターなんて素敵なお仕事ね。私は明日から、つまらない仕事をしなければならない」
彩奈は、ちと落ち込んだ気分になった。明日からは父の会社に出勤だ。
「今時、仕事があるだけでも有り難いことだよ。俺なんて、ここ以外に別のところでも昼間働いているんだけど、そっちは、いつ切られるか分からない仕事だ。おまけに稼ぎも大してないし」
「ええ、ここ以外にも?」
「君のような人には無縁の世界なんだろうな。ワーキングプアって言葉知っているかな?」
「ワーキングプア?」
「働けど貧しいって意味、俺っちのような奴らを指す言葉でさ」
「大変なのね」彩奈はすまなそうな表情になった。すると、マスターは、にこっと笑顔を作り、
「あは、だからって、俺はしょぼくれないんだ。俺には夢があるんだし」
「夢? もしかしてビリー・ジョエルのようなアーチストになる?」
「おいおい、俺がそんな類に見えるか? ま、ちょっと想像つかないけどでっかい夢なんだ。実現すれば、多くの人を幸せに出来る。停滞している日本経済に活力を与えることができるんだ。もう、ある程度プランはできている」
「へえ、それって何?」
「うーん、今のところは誰にも話したくない。まだまだ企画を練っている最中だから。それに実現するにはかなりのハードルがあるんだ」
「あら、そう」
「ま、そんなことより、飲んでよ。ところで、俺、名前はアキラっていうんだけど、お嬢様のお名前はお聞きしてよろしいかな」
「わたしは彩奈っていうの」
「ふうん、いい名前だ。でもって、どこか山の手のお嬢様かな?」
「さあ」
彩奈は思わせぶりの顔をして言った。
二人の間に、しばらく沈黙が続いた。そして、笑顔で見つめ合った。何だか気が合いそうだ。と、その時、ビリー・ジョエルの曲が変わった。
曲名は「アップタウン・ガール」だ。アップテンポのサウンドが流れる。何だか踊り出しそうな曲。しかし、彩奈は歌詞に、ややぎょっとした。歌詞の内容はこうだ。

アップタウン・ガール、彼女は山の手のお嬢様。俺のような下町男には無縁の世界に住む。彼女はとってもいかしている。そして、彼女に惚れてしまった。

彼女は、山の手の生活に疲れ切っている。そして、俺のような下町男を求めている。
俺は彼女に真珠を買ってやれるような余裕はない。しかし、いつか運が向いてきたら、彼女は俺に振り向くはずさ。

何だか、彩奈、そして、もしかして、アキラのことを歌っているのだろうか。

アキラは歌詞の意味など理解していないようだ。彩奈も、分からないふりをした。

その後、ワインを2杯ほど追加で飲んでお喋りをだらだらと、すると、中年の男女3人のお客が入ってきて急に狭苦しくなった。明朝は初出勤で早めに起きないといけないことに気付き、彩奈は「じゃあね、また来るわ」と言ってバーをあとにした。

楽しかった。また、来ようと思った。とても感じのいいマスターだ。また会いたい。
でも、これから新入社員としてとても忙しくなるので、ここに戻って来ることは、なかなかできないだろうけど、と思いながら。

しかし、驚くことに、彩奈は、その翌日アキラと再会することになるのである。

第2章につづく

ふれあい商店街」と「日本男児をやめられない」の後に連載予定。
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テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

格差社会 | 23:23:13 | Trackback(0) | Comments(0)
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