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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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第47章 リチャード・ホワイトリバー
テーマは、ジャーナリズム、民主主義、愛国心。歴史を振り返りながら考える。

まずは、まえがきから第46章までをお読みください。

一九四四年(昭和一九年) 六月

 リチャード・ホワイトリバーという名のアメリカ人がここに存在した。髪の毛も目の色も茶色。誰が見ても、白人のアメリカ人にしか見えない。そして、アメリカ国籍を持つ元日本人なのである。
 リチャード、人々は彼を「リッチー」と呼ぶ。リッチーはホノルル市内の映画館にいた。ロングランの大ヒットをしている話題の映画「風と共に去りぬ」を見ていた。
 女流作家マーガレット・ミッチェルによる同名の大ベストセラー小説の映画化で一九三九年に公開され数多くのアカデミー賞を獲得した総天然色フィルムの映画だ。映像のスケールの大きさには圧倒させられる。
 舞台は、南北戦争当時のアメリカ南部。数多くの奴隷を所有する大農場主の娘スカーレット・オハラが戦争を皮切りに優雅な生活からどん底の淵に追いやられる。だが、持ち前の気力で困難に打ち勝っていくという激動の時代を生き抜く人々のドラマだ。そして、このドラマの舞台となった当時の南部は、あまりにも大日本帝国に似通っている。
 南部の人々は、合衆国政府が奴隷制廃止を唱えるのが我慢ならず、奴隷制の伝統を守る独自の国家建設に意気込む。例え戦争になっても南部は必ず勝つと信じている。俺たちには勇気があるのだから。
 だが、工業化のめざましい北部と軍事力での差は歴然であった。いざとなったら勇気より大砲である。そして、戦争勃発、多大の犠牲の末、敗北する。奴隷制を柱とする南部の経済は崩壊し、農場主は土地を失い苦境に追いやられることに。
 大日本帝国海軍の真珠湾攻撃により二千人以上の兵士が殺された。数十人ほどの民間人の犠牲者も出た。
 東洋の小国日本が、強大な軍事国家アメリカと戦争、勝てる見込みなどないことは、当然、軍部の中にも多くいた。その現実的な思考を持っていた者にとっては、そもそもアメリカに勝利することは目的ではなかったのだ。目的とすることとは、東南アジアを手中に収め資源の確保をした上で、アメリカと和平講和に持ち込むことだったのだ。
 だが、それは大いなる賭けであり、真珠湾攻撃はその失敗の始まりであった。第一に、奇襲攻撃により必要以上にアメリカ国民の士気を上げてしまったことだ。第二に、太平洋艦隊を攻撃して、東南アジアでの戦線を優位に持っていこうと目論んでいながら空母を駆逐することができなかったことだ。主力空母は、真珠湾にその日、たまたまいなかった。航空隊を運ぶことのできる空母を攻撃できなかったことは、壊滅的打撃を与えたことにならない。さらに真珠湾攻撃により、日本自らが敵に対し、航空戦力の実効性を証明することとなってしまった。
 日本軍は東南アジアでの戦線を見事にやってのけた。フィリピン、シンガポール、ジャワ・スマトラを占領後、占領地域はビルマまで広げられた。また、ハワイやオーストラリアに迫るほど南太平洋の島々を次々と占領していった。



 だが、短期決戦の限界はすぐに来た。開戦から半年後の一九四二年六月、ミッドウェーにおいての開戦で日本海軍は多大な打撃を被る。四隻の主力空母を失い、壊滅的な損失となる。その後、攻勢は一挙に逆転する。
 日本と枢軸同盟を結んでいたナチスドイツも同様であった。ソ連との開戦後、次々と進軍しながらもモスクワでの攻防戦では、極寒の冬将軍に阻まれ撤退。その後、形勢は逆転していく。全ては予想通りの展開であった。
 リッチーは要望通り、海軍に所属し対日戦線の協力をすることとなった。そして、リッチーの任務は、意外なものであった。日本語の教師である。
 それは、軍人たちに日本軍への尋問をするために必要な日本語能力を教練するための講師である。最初は、補助教員として自ら、教授法を学んでいったが、その後、自らが教官となり対日戦線に向かう軍人たちに日本語の教育をするまでとなった。軍人たちは、数ヶ月で日本語能力を身につけなければいけない。みっちりとしたスケジュールの中、彼らに日本人にも負けない日本語能力を培わせた。そして、生き甲斐を感じた。言葉を伝えながら、彼らに日本の文化も教える。すでに自分の国ではなくなり、敵国になった彼の国に改めて親しみを感じる日々だった。教えられる側の軍人にも、敵国ながら感銘を受ける者もいたせいか自分の任務の真の目的を忘れるほどであった。
 この任務は、チャーリーが推薦したものであった。リッチーに合う任務だと感じたからだ。リッチーは四十を超えた男だ。これまで軍人であった経験はない。戦線に関わる仕事といえば、このようなものしかなかったのである。だが、別の理由としてリッチーのまだ振り切れていない心情を考えてのことでもあった。リッチーに祖国を傷つけるようなことは辛過ぎるのだ。そういうことをもろに感じさせる任務は引き受けさせられない。
 だが、ある日、リッチーに、その日本語教師の仕事が、いかに自らにとって酷なものであるかを自覚させる出来事が起こった。
 いつものように教室で日本語を教えていた時に、通信室から突然呼び出しがかかった。
 通信室で緊急の任務が生じ、その要員としてリッチーが必要になったからだという。ハワイから千キロほど南方の島からの通信内容を聞いて、それを訳して欲しいという。何でもその島にある米軍の飛行場を攻撃する日本軍の部隊の動向を察知するため海岸から飛行場までの密林にマイクロフォンを張り巡らせているので、そのマイクに吹き込まれる音声を聞き取って情報を伝えて欲しいとのことだった。時に密林では、原住民の話し声が吹き込まれ日本語と聞き間違えてしまうことさえある。それも聞き分けて日本兵の位置を捜し当て動向を探ることが課せられた任務だ。
 いつもなら、現地の兵員で日本語のできる者がすることなのだが、たまたま日本語能力のある兵員が現地にいないため無線通信でハワイの海軍基地に緊急で依頼してきたとのことだった。晴れ渡って電波の感度も良く、無線でも現場と同じように聞こえる。リッチーは、日本語の会話を聞き取ったら、それを訳していけばいい。それだけの任務かと思いながらも緊張しながらヘッドフォンを取り、耳に意識を集中させた。密林のマイクは、音声を聞き取ったものが自動で作動し、その音声が優先的に流れていくしくみだ。
 日本軍が上陸したと思われてから数時間、日本語らしい声は何も聞こえなかった。音が時々耳に入ったが、それは動物の鳴き声だったりした。もしかして、まだ上陸はしてないのではとさえ思った。だが、辛抱強く待った。
 そして、辛抱の甲斐があったのか、数人の兵士がジャングルをどしどし歩く音が聞こえ始めた。リッチーの体に緊張が走った。
「隊長、もう休みましょう。ここ数日、ろくに何も食っていません」
「何を言う、貴様ら。敵は目前だぞ」
と聞き覚えのある声が聞こえた。とりあえずリッチーは飛行場の無線に聞こえた音声の言葉を訳して伝え始めた。
「どうせ、このまま進んだところで勝ち目はありません。我々の装備では太刀打ちできないでしょう。これまでだってどれだけ仲間を失ったことか。やることなすこと計画性がありません。その上、敵には我々の行動は何もかも見透かされているようで。補給もいつも妨害されてろくな行動が取れません」
「うるさい、貴様、俺や軍を侮辱するつもりか」
 リッチーは、これが誰の声かを思い出した。西村だ。初めて会ったのは満州事変の始まる直前の頃だ。関東軍の兵士だと聞いていた。次に会ったのは南京でだ。そう、友人を目の前で斬首した。
「俺たちは隊長も、軍にもうんざりだ。みんなこんなところに好きでいるんじゃない。本当は日本で平和で暮らしたかった。だけど、徴兵されて逆らうわけにはいかなかった。逆らったら非国民だ。俺だけでなく俺の家族も周りからひどい目に遭う。だから、いつも、軍に忠誠を誓っている振りをしてついてきた。どうせ、この戦争は負ける。玉砕して死ぬくらいなら俺は捕虜にでもなって生き延びたい」
 若そうな兵士の叫び声だ。リッチーは、心の中が日本人となり、訳をするのをやめ聞き入っていた。
「貴様、そんなに言うのなら、この場でぶった切ってやる」
と剣を鞘から出す音が聞こえた。畜生、何てことだ、と思った瞬間。
 ダダダと大きな轟音が聞こえた。ヘッドセットを通して耳に響く。機関銃の音だ。十秒ほど続いた後、ピッタリとやみ静まった。
「これでイッチョ上がりだな。チビでやせ細った奴らだ。ジャップってのは」
 これは英語だった。米軍兵士の会話だった。実に晴れ晴れとした気分で話す。
 リッチーは、全く正反対の気分だった。ヘッドセットを外し、席から立ち、その場を離れた。
 何とも言えない悲しみが体を包み込み、居てもたってもいられない気分になった。どこか自分の身を隠せる場所をと、通信室の隅の荷物置き場に身を潜めた。目から突然、涙がこぼれた。
 どうしてだ、自分はアメリカ人となり、日本を敵として見なければいけないのだ。彼らが殺されることなど、平然としていなければいけない。
 自分のやって来たことに改めて罪深さを感じた。

第48章へつづく。
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テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

白虹 | 19:15:24 | Trackback(0) | Comments(0)
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