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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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北京の恋 第3章 反日デモ
北京を舞台とした短編恋物語。筆者の実際の体験を基にしたストーリー。

まずは序章第2章をお読み下さい。


 その日はずっとぼけっとした状態であった。午前中の授業で王老師に夫がいる、結婚しているという話しを聞かされ、昼休みは食事を取らず、そのショックから立ち直ることに時間を費やした。そもそも、そんなことを目的で北京に来たわけじゃないと自分に言い聞かせた。彼女は単なる教師でしかない。教師と生徒との関係を超えることを考えていた自分が忌まわしかった。
 午後は何とかショックから立ち直り、正常に授業を受けたが、できるだけ彼女の顔を見ないように努めた。王老師も雅夫のそんな内心の葛藤に気付かず平然と授業を続ける。雅夫は自分がとても恥ずかしかった。

 その日、午後の授業が終わった後、雅夫は同じ寮にいる日本人学生と交流を持った。雅夫より十歳ぐらい若い学生で、日本の大学の中国語学科に籍を置きながらも生の中国語を学ぼうとこの学院に交換留学している学生達だ。雅夫と違い数人ぐらいのグループ・レッスンを受けている。皆、日常会話を話せるほどの語学力は身につけており、すでに滞在が半年以上にもなりすっかり生活に慣れた感じだ。その中に里美という名の女学生がいた。皆に中国語読みのリーメイと呼ばれていた。彼女とはすぐに打ち解けられた。歳は二十一歳で美人というより可愛らしい感じのする女性だった。何でも父親は大企業の社長でかなりのお金持ちらしい。シャネルやエルメスなどのブランドものの服を身につけていて、いかにも上流階級という様相を呈していた。
 彼女に生活していて不便はないかと聞いた。里美は中国人は皆、自分に良くしてくれるという。最初中国に来た時はホームステイをしていて、その時は中国人一家にとても親切にして貰ったと、数ヶ月前にホストファミリーのお祖母ちゃんが病気がちになり、そのことで寮に移るようになったが、中国での生活で日本人だから困るようなことは何一つ感じないと。北京はすっかり近代化され、生活に関しても日本とは違いを感じないほど便利で暮らしやすいと語った。
 お近づきをきっかけに一緒に食事に行くことにした。学院の外に出て食事をするというのは実際不安であった。言葉も分からず、どのように振る舞えばいいのか全く知らない。でも、これから三週間、暮らしていかなければならないのだ。手始めに、生活慣れした日本人と一緒にとは好都合であった。
 とあるレストランに入った。
「雅夫さん、ここならいいわよ。おいしいし、日本人でも合う味だから」
と里美の勧めるままに中にはいる。席に座りメニューを読む。中華料理店のメニューを読むようだ。すぐにウェイトレスが来た。何を頼んでいいのか分からないが、「炒飯」という文字のあるものを手で差して選んだ。
 里美は中国語で、「これとこれを」と伝える。里美とウェートレスは顔見知りのようだ。ウェートレスは、すぐに雅夫に何かを言う。何を言っているのか分からない。すると里美は通訳するように雅夫に伝えた。
「あなたも日本人かって聞いているのよ」
 ウェートレスは微笑んでいる。歓迎するつもりで訊いているのだ。雅夫は午後の授業でならった中国語で答えた。
「対(ドエ)我是日本人(ワー・シー・リーベンレン)」
と言った。通じたかなと心配になった。ウェートレスは「リーベンレン!」と理解できたことを伝えるように微笑みながら返した。
 そうか、日本人の僕たちを歓迎しているということか。日本と中国は近いよな。同じアジア人なのだ。
 雅夫は、中国に来るまで心配でならないことがあった。それは中国国内における反日運動に関わるニュースだ。特にここ最近悪化していることがメディアで報じられるようになった。首相の小泉氏が第二次世界大戦の戦犯とりわけ当時の指導者であったA級戦犯を祀っている靖国神社を公式参拝するようになってから、日中の政治的関係はぎくしゃくするようになってきた。
 それに加え、教科書問題がある。日本の中学校などで使用される歴史の教科書から日本の中国での侵略行為を過小評価したり美化したりするような表現が目立つようになり文部省はそれら教科書を検定で合格させた。戦争中、中国人を強制労働させたり、当時の首都であった南京で一般市民を含め数多くの中国人を集団虐殺した史実がきちんと記述されていないことが問題視されている。最近、サッカーのアジア大会が重慶と北京で行われたが、どちらも日本の国歌が斉唱される時になると観客から激しいブーイングが起こった。日本人の観客にペットボトルが投げつけられた。それだけ、中国人民の中で激しい反日感情が芽生えているのだ。
 日本国内では右左意見が分かれている。首相の靖国参拝も教科書の内容も、中国に鑑賞されるべきでないとする右側の意見もあれば、戦争放棄をして平和国家としての道を歩むことを決意した日本人として過去の他国への侵略行為を反省しているという意味で靖国参拝は控え、教科書にもきちんと自らに都合の悪い史実も載せるべきだという左側の意見である。
 雅夫の考えは、こうだった。


 政治的には雅夫は右でも左でもない。というか典型的な無党派で政治には関心が非常に薄い。生まれてこのかた選挙に行ったことがない。
 日々の暮らしが楽しければ、それでいいかなといったところか。だが、首相の靖国参拝も事実を歪曲する教科書には反対の立場を取る。それは、中国と揉め事を起こすべきでないからだ。事実、日本が過去に中国で犯したことというのは酷すぎる。それは消せない事実だ。敢えて、そんな過去のことを誤魔化したところで日本人としての誇りを守れるはずもない。それよりも、これからの国際化の時代、隣国とは仲良くした方が得なのは当然のことだ。素直に過去の事実を認め謝罪を繰り返し、関係を良好にしていくべきであることに疑問の余地はないのだ。

 夕食はとてもおいしかった。炒飯も本場だけあり、日本で食べるものよりもおいしかった。雅夫は中国に来て良かったなとつくづく思った。

 だが、翌日、心配がただの心配でなく、現実のものとなることを実感させられた。それは朝早くであった。寮の中では日本人学生が大騒ぎであった。インターネットで見た日本からのニュースで中国の各都市で反日デモが起こっていると報じられているのだ。日本大使館にデモ隊が押し寄せ、ペットボトルや石が投げつけられるような事態となっている。日本資本の商店や料理店にも被害が及んでいるらしい。北京市内では今朝、始まったばかりらしいが、気掛かりだ。日本人がいるということで、この学院の寮にも押し寄せて来ないか心配であった。

 雅夫はとりあえず、授業を受けようと教室に行った。だが、王老師は来ていない。教室でしばらく待っていると事務局の人が来た。そして、王老師は急用があり遅刻するということであった。どのくらい遅れるか分からないが、来るまで待つようにと言われた。
 何があったのだろうかと考えたが、それならば、これまでの復習でもしようと思った。教科書を広げ、発音の練習を始めた。それから約一時間が経っただろうか、教室の外がややうるさくなっていた。中国語で何か気勢を上げる声が聞こえる。何を言っているのか理解できないが、「リーベンレン」という言葉が入っているのではっとした。
 もしやと思い、雅夫は教室の外を出て、ざわつく方へ行った。そこには数十人の人々がプラカードや横断幕を持って立っている。横断幕には「打倒日本帝国主義」と書かれている。若い男女だ。見るからに中国人の集団で、それに対し、日本人学生数人、中国人である学院の事務局や教師の人々が対峙するように見つめ合っている。
 中国人のデモ隊である。とうとうここにまで来たのか。両者に恐ろしいまでの緊張がみなぎる。日本人学生の中に里美がいた。何とも泣き出しそうな顔をしてとても怖がっている。他の男子学生も同じ様子だ。
 デモ隊が何やら叫んでいるのに対し、日本人の学生と学院の人々は黙ったままだ。どう対応していいのか分からない様子だ。「リーベンレン」という言葉が繰り返し話されていることから、どうやら日本人はいるかという意味らしい。日本人を探しだして血祭りに上げようかと考えているのか。
 この学院の生徒の中で自分が一番の年長者であることを雅夫は自覚し、この際、人肌ぬぎ勇気を出すべきだと思った。この事態の打開には自分が出るしかない。
 雅夫は、対峙する両集団の間に立ちはだかり、突然、床にひれ伏した。土下座をしたのだ。そして、こう言った。
「我是日本人。対不起(ドイブチ)、対不起」 対不起とは「ごめんなさい」という意味だ。習ったばかりでつたないが、こんな言葉しか思いつかない。ひたすら土下座しながら、繰り返した。
 中国人の集団は、唖然としながら雅夫を見つめる。辺りが静まりかえった。これで成功かと思った。雅夫は立ち上がった。黙っているがデモ隊の若者の表情は相変わらず固い。
 何だかかえってまずかったのかなと雅夫は思った。すると、後ろから誰かが近付いてくる。はっと振り返った。王老師だ。
 彼女がじっと雅夫を見つめる。雅夫は、にやりと微笑んだ。雰囲気を和らげるつもりだった。
 突然、彼女は雅夫の頬に平手を打ちつけた。ピシャンという強い響きが聞こえた。そして、強い調子で雅夫に向け言葉を放った。
「因你日本人以只要道歉就行了(あなた達日本人は謝りさえすればいいと思っているのだから)」
 雅夫には、彼女の言った中国語も、平手打ちの意味もさっぱり分からなかった。あっけにとられた感じだ。
 いったい全体どうなっているのか。すると、デモ隊からわっと笑い声が上がった。校舎内中に響くほどの大きな笑い声で、その場の雰囲気が一気に変わった。笑い声が数分続いた後、デモ隊はさっとその場を離れ、学院から外へ出ていった。

第4章へつづく。
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テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

北京の恋 | 15:11:11 | Trackback(0) | Comments(0)
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