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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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格差問題を考える小説「新しき権利の章典」 まえがき 博物館にて
 二〇一一年 九月 東京都港区赤坂 都所有庭園及び博物館「旧南條邸」
  
 平男は三十代の契約社員であった。今、博物館「旧南條邸」にいる。博物館とよばれるほど、どっしりとした石造りの三階建ての洋館。敷地一万坪ほどの広さの庭園に囲まれる形でずっしりと佇んでいる。博物館だから、中に美術品などが展示されていると思ったら、中には家具と調度品が数点飾られているだけで、それ以外はがらんとした空間だ。しかし、壁紙、シャンデリアを含めた照明、ガラス戸や窓、テラスのタイル、それらを含め、この邸宅そのものが展示物になっている。博物館といわれるが、かつてここは、ある一族が住んでいたところだった。
 部屋は十数あり、その一室一室が、天井が高くとても広い。客を迎え入れる広間は、2階まで吹き抜けになっており、その中に一軒家がすっぽり入ってしまえるほどだ。上には大きなシャンデリアがぶら下がっている。食堂は、朝食用、昼食用、夕食用と分かれている。博物館のパンフレットには、この邸宅には、かつて五十人ほどの使用人がいて、この一族のために仕えていたと書かれていた。食堂及び広間と食事をつくる厨房の間には長い廊下があり、厨房の音が食堂まで聞こえないようにしていたという。その長い廊下を使用人がお盆で食事を運んでいたのだ。広間では、週に一度は必ず、様々なゲストを呼んでクラシックの生演奏と共にパーティが開かれていたという。まさに上流階級の生活。
 平男は、中を見ながら思った。「自分も、もしかしてそんな生活をしていたかもしれない」と。少なくとも、彼の祖父はしていたと聞く。この博物館は祖父が生まれ育った家だったのだ。もちろんのこと、そんな祖父と顔を合わせたことは一度もない。最近になって聞かされた話だ。都心の超一等地に、これだけの広大な敷地を持ち、これほどの豪華絢爛な屋敷を建てて住むなんてことは現代の日本では考えられないことだ。固定資産税だけで莫大な額になる。
「皆さま、まもなく只今玄関ホールから、当館学芸員によるガイドを始めたいと思います。ご興味のある方は、玄関ホールにお集まりください」とアナウンスが流れた。
 朝食用食堂のそばのテラスから庭園を眺めていた。朝陽に照らされた花々が咲き乱れる光景を目にしながら、平男は、興味津々となり玄関ホールへと向かった。そこまで五分ぐらいの時間がかかる。
 黒い制服を着た学芸員の中年女性が語り始めたところで平男はゲストの集団に混じった。十数人ほどの人がかたまっている。平男を含め、地味な普段着を着た人々で、およそこの南條邸には、につかわしくない姿の凡人ばかりだ。
「皆さま、ようこそ旧南條邸にお越しいただきました。ここはかつて、日本五大財閥の一つに数えられた南條財閥の一族が三代に渡り過ごした場所です。竣工は一九一一年、今年で百年目を迎えます。戦後、この邸宅は占領軍に接収され、日本が独立を果たした後は国の管理財産となります。その後、東京都管理の元、かつての上流階級の人々の暮らしぶりを知る上で重要な施設として保存されることとなり、現在一般公開されることとなりました。
 かつてこの邸宅は庭園を含め二万坪の広さがありましたが、その半分は売却されました。また、この洋館の他に和風の邸宅もあったのですが、それは戦時中の空襲で焼き払われてしまい、洋館のみが残ることとなりました。洋館の他に、和館とつながっていたところとは逆側に使用人の人々が住んでいた棟があり、倉庫としても使われていたため石造りであり現存しています。
 それでは、まず玄関ホールから始めたいと思います。皆さま、上を見上げて下さい」
とガイドが天井を指差すと、その先の高い天井に小さな穴があいているのが見えた。一度は何だと思い、目を凝らす。
「あの穴は長年謎だったのですが、穴の中に弾丸があり、調査の結果、それが一九三六年の二二六事件で使用されたものに違いないことが判明しました。この邸宅を二二六の軍人が訪れたという記録は残っていませんが、弾丸があることから訪れたことが推測されます。また、この洋館の和館とつながっていた側の壁には黒焦げた跡が残っていますが、それは戦時中の空襲で和館が焼き払われたことによるものです。和館のあった場所は戦後売却されてしまいました」
 一同は、ガイドの言葉に感心しながら天井を見上げていた。
「さて、これから二階へとご案内いたします」


二階へ上がる階段は広いが、段差が低く上がりにくさを感じる。ガイドは「段差が低いのは当時の人々が着物やロングスカートを着ることが多く、上がりやすくするためにこのような段差になったといわれます」と解説。
 二階で最初に入ったのは、一番端側にある一族の亭主とその妻の寝室だ。中に入るとがらんどうで、見渡せるのは、だだ広い空間に窓が二つとバルコニーに抜けるガラス戸、壁に備え付けられた暖炉だ。隅に小部屋があり、そこには畳が六畳ほど敷かれていた。ガイドは、かつてここに大きなベッドが置かれ、小部屋は着物やドレスを着るための着替えとお化粧の部屋として使用されていたと解説した。
バルコニーやその他の窓のガラスは当時のままのが張られており、それは現代のガラスと違い表面に歪みがあったため、近付いて見ると景色が波打つ状態が見て取れるという。

 一同はバルコニーへと移った。そこから邸宅の庭園が見渡せた。実に美しい、右側に和風の庭園、左側に洋風の庭園だ。バルコニーは二階を横断しており、室外の長い廊下のようになっている。ガラス戸が並んでおり、それぞれが一族の各員の部屋であり、ガラス戸が開けた状態で、中を眺めると、それぞれが先に見た夫婦の寝室と同様にとても広い。各部屋だけで、一所帯が暮らせるだけの広さがある。
 しばらく庭園の解説を聞いて、一同はガイドと共に夫妻の寝室方へ戻ったが、平男だけはグループから離れある部屋へと向かった。それが、この博物館に来た目的であった。
 それはバルコニーの端にあり、夫妻の寝室とは逆の方向だ。そこは使用人の棟のすぐそばで、部屋の中の窓から使用人棟の小さな庭がのぞける部屋であった。ガラス戸が開いており、がらんどうの部屋の中に入る。平男が目指したのは暖炉であった。壁に備え付けの暖炉は、当時のままだと聞く。もちろん、長年に渡り使用されていない。あくまで展示用だ。部屋の中には誰もいない。今がチャンスだと思った。
 平男は、膝を落とし暖炉の中を観察した。煤で黒焦げた煉瓦だが中には炭一つない。平男は手を伸ばし、ある煉瓦に触った。その煉瓦をぐっと引っ張る。すると煉瓦が外れた。そして、外れたところの空洞に手を伸ばす。中に何かがあるのが分かった。それをつかみ取り出す。小さな陶器の筒だ。煉瓦を元の位置に戻した。
 立ちあがり、陶器の筒を持ち、その蓋を開ける。中に何かが入っているのを確認した。平男は、すぐに博物館を出て行くことにした。

 翌日、平男は成田空港の国際線ターミナルにいた。あと一時間程で平男の乗る飛行機が飛び立つ。行く先はニューヨークだ。そこで、自分にとって大事な人たちと出会うことになっている。今、ニューヨークで最もホットな場所で。

第二章へつづく
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テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

格差社会 | 14:44:48 | Trackback(0) | Comments(0)
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