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海形将志

Author:海形将志
40代、独身、東京在住。仕事は翻訳業。米留学経験有り。

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「ヨーソロ 三笠」 最終章 坊主頭
平和運動家の青年が、戦艦三笠に乗り込み、真の平和主義に目覚める。筆者の実体験に基づく奇想天外な物語。もちろん、フィクション。

まずは第1章から第14章までお読み下さい。

 源太は、はっと目を覚ました。携帯電話を片手に自分が今、目にしているのは楽隊の演奏だ。艦尾の甲板上である。そして、艦が止まっている状態、いや固定している状態であることに気付いた。そして、それは源太にとっては三ヶ月以上も前に目にした光景だったことも。
 そうだ、今は二〇〇八年五月末日の横須賀の三笠公園にいる。源太は携帯電話をポケットにしまった。手で頭を触った。髪の毛がふさふさに生えている。三ヶ月間、ずっと坊主頭だったのがふさふさで長く伸ばした状態に戻っている。着ている制服には血などは全くついていない。
 源太は、ずっと夢を見ていて、それから覚めた状態であるのに気付いた。だけど、それは立ったままで、ほんの数秒のことだ。たった数秒のことが三ヶ月以上に感じられた。不思議な感覚だ。あれは時空の旅だったのか。だけど、夢だとしても、とてもリアルな夢を見た気分だ。
 楽隊の演奏が終わり、日本海海戦記念式典は終了。一同解散となった。源太は自分の荷物を取りに甲板下の着替えをした部屋に行った。制服を脱ぎ、元着ていた服に着替えるが、パンツ一丁になった時、源太はあるものが気になった。テーブルに置かれたかつての水兵が着用していたという白い褌だ。なぜか今着ているパンツの着心地がいいものとは思えない。これの方が着心地がよさそうだ。せっかくだから着替えようと思い、パンツを脱ぎ、白褌の下着に着替えた。パンツはバッグの中へ。
褌

 ああ、この感触だ。体が覚えている。どういうことだ、まさに着なれた下着という感覚だ。
 源太は記念艦を降り公園に出た。自衛隊員勧誘のテントに向かった。多神に会うためだ。制服と水兵の帽子を返さなければならない。だが、テントに田上はいなかった。その場にいた勧誘の隊員に「多神さんはどこに?」と訊くと、
「ああ、多神さんは急に用事があって基地の方に行ってしまいましたけど」という答えが返ってきた。仕方ないので、制服と水兵帽はその隊員に渡し、源太は原子力空母配備反対運動の活動事務所へ向かうことにした。その前に、携帯で電話を入れようと思った。源太は携帯電話の電源を入れた。そして、電話をした。出た相手は、平和団体の女性だ。名前は玲奈という。彼女は、源太の彼女、友達以上に親しい関係の女性である。画家というアーチストで世界中を回って平和運動をしている活動家で、大学時代から知り合い、そんな深い関係になった。
「玲奈さん、源太だよ。これから事務所に向かおうと思っているんだけど」
「いや、もう直接、会場のヴェルニー公園に向かって。すでにみんなも向かって準備をしているから」
と玲奈の返事。
「そう、分かった。向かうよ」と源太。と、突然、通話が切れた。携帯電話の電源が切れたのだ。あれ、と源太は思った。今朝、フルに充電した状態で持って行ったはずなのに。フルに充電すれば丸二、三日はもつのだが、どうしたのだ。まあ、大したことではないと思い、源太はヴェルニー公園へと向かった。
 


 公園近くに着いたところで、近くに携帯電話の販売店があり、そこで携帯電話の充電器が置いてあったので、コードをつなぎ充電をすることにした。大会が終われば、ここに戻って取りに来るつもりだ。

 会場は数百人の人々でごったがえしていた。幟がいくつも立てられ、プラカードを持つ人々が並んでいる。
「源太君 待っていたのよ。ずっとどうしていたのよ」と玲奈が源太を見つけ声をかけた。
「いや、ちょっとした野暮用」と源太は答える。
「準備作業手伝って」と玲奈は、トレードマークのピンクのビキニとミニスカートで待っていた。相変わらずの格好だ。だが、彼女はセクシーなので、それがとっても似合っている。もちろん、他の男どもと同様にそんな彼女の姿を眺めるのが源太にとっては、このうえなく嬉しい。
 自由奔放なアーチストとして世界平和を訴える。愛とエロスが世界を救う。そんなメッセージをアートで表現して、世界中の人々に平和の大切さを分からせたいという情熱家だ。一部の人には平和運動を売名行為にしているという批判もある。だが、源太は彼女のそんなところより、意外な聡明さに惹かれたのである。
 それは彼女が数年前イラクに行き、現地のアーチストとの交流の後、帰国報告の会を催したのだが、そこで彼女は日本が統制が取れていてどんなにいい国であるかを思い知ったと言ったのだ。なんでも、イラクの首都バグダッドに来て最初に驚いたのは、通りがとても臭く、その原因が道にゴミが放置されたままになっていることだったという。つまりゴミを回収する公共サービスが停止させられた。アメリカのイラク侵攻によりフセイン政権が転覆となり独裁政権から人々が解放されたのもつかの間、待ったいたのは政府そのものがない無政府状態だ。部族対立が相次ぎ、そのことで治安が一気に悪化している。フセイン時代の方がまだましだったという声も聞いたという。結局のところ、フセインは独裁者であったが恐怖政治により、国家の機能をしっかりと維持し続けていた立派な統制者でもあった。民主主義の前に、秩序ある統制された国家がないと人々の幸福にはつながらない。と当たり前のようなことを実感したんだと。
 午後一時、大会が始まった。司会者は地元の市会議員。挨拶の後、原子力空母の危険性、対米追従な国の強引なものごとの進め方など、配備計画に関する様々な問題点を指摘。その後、大会参加者によるスピーチとなった。源太を含めたスピーチをする十数人の人々が、設置されたステージの上に上がった。
「危険な原子力空母を横須賀に持ってくるな」
「日本には非核三原則がある。空母の原子力はそれに違反する」
「原子力空母は憲法9条違反」
「日米安保破棄」
と反核、平和主義のスローガンが次々と放たれた。隣に立つ玲奈は「愛と平和で空母の配備を撤回させよう」と叫んだ。次に、源太の番になった。源太はスローガンをさっと述べるだけでなく、しっかりとした演説をしようと思った。
「みなさん、今、この横須賀に配備されようとしている原子力空母はアメリカからやってくるとても危険な戦艦です。どうして、こんなものが日本に来るのでしょう。日本を守るため? それはどうでしょう。アメリカはアメリカの国益しか考えていません。イラク戦争だって、イラクを民主化するなんてつもりはなく、イラクの石油を狙ってのことだといわれています。そんな国の軍隊の戦艦を我々が受け入れるなんてことあってはなりません」
 会場から「そうだ、そうだ」という言葉と共に拍手が起こった。そして、源太は続けた。
「しかし、考えないといけないのは、それでも、そんな国の軍隊に自分の国の防衛を依存していることです。だからこそ、原子力空母の配備という無理難題を押し付けられるのです。自分の国を自分で守れないからこそ、こんな屈辱的な状況に陥っています。皆さんは、平和主義だとか叫んで、結局のところ、自分の国の防衛を真剣に考えないから、かえって米軍をのさばらせる事態を招いているんだと思いませんか? いざとなったら自分たちで自分たちの国を守っていかなければなりません。平和を願ったり叫んだりするだけでは駄目なのです」
 会場は、一瞬のうちにシーンとなった。源太も、はっと我に返り、自分がとんでもなく場違いなことを口走ってしまったことに気付いた。源太は、すぐにステージを降り、すぐさま、会場を駆け足で会場を出て行った。その姿に皆が呆気にとらわれている。
 後ろめたさと共に、会場を後にした源太は充電のため携帯電話を預けている携帯電話の店に向かった。
 
  店に着いてフルに充電済みの携帯電話を取った。電源を入れ受信メールや留守電がないかをチェックする。特になかった。
 ふと気になったことがあった。この携帯電話には、あの時撮った写真や動画が存在するのだろうか。あれがただの夢ならば、そんなものは携帯電話に存在しないのではないか。
 そう思い、源太は写真フォルダを開くと、あ、これはあの時、撮った東堂長官の写真。そして、動画。
「ああ、活動写真かね」
と言う東堂。そして、他は砲戦訓練の模様。マストの展望台から撮った映像が数々。
 自分は本当にあの時代に行ったのか。つまり夢ではなかった。時空の旅をした。まるで神様に悪戯されたかのように。または、何某かの使命を託されたかのように。
 源太は考えた。自分は何のために、時空の旅に放り出されたのか。あの三ヶ月余りの期間は自分にとって一体何だったのか。
 考えに考えあげた。自分が、時空の旅に行く前と、戻ってきた後との間に大きな変化が起こったのは確実だ。
 それは自らの平和主義に関連することだ。今まで世界、人類の平和を維持するためには武器を持たないこと、争わないことが最前だと思ってきた。また、戦争をする国家というものは平和主義を踏みにじり、国民を不幸にする元凶であるので、常に対峙すべきものだと思っていた。国家の持つ軍隊など最悪の暴力装置だと。
 確かに、それは的を得ているのだが、同時にその考え方は矛盾もかなり含んでいるようにも思える。
 日本には平和憲法がある。憲法九条で武力を使った国際紛争の解決を禁じており、また、そのための軍隊を持たないと規定している。それはすばらしい憲法だが、これは戦勝国が日本に武力解除をさせるために規定したものだといわれている。だけど、結果的に戦前のような国民を苦況に陥れる敗戦に導いた軍隊が廃止され、復活されないようになりよかったのだと思う。
 だけど、軍隊がないままで本当にいいのか。自衛隊という疑似軍隊と外国軍である米軍に防衛を頼んでいる。米軍はアメリカの国益のみを考えて動く軍隊だ。イラク戦争で、そのことを思い知らされた。日本はそれに利用されているだけだ。
 利用されているのに守ってもらっていると思い込む矛盾が、原子力空母の母港化配備で白日の元にされされた。
 だが、憲法を変えて他の国と同様に独自の普通の軍隊を持つというのは相変わらずタブーなままだ。
 どうしてタブーのままにしてきたのだろう。平和を守りたいという願いからか。だが、本当に平和を維持したいと思うなら、武力が必要になる時があるのではないか。
 どんなにきれいごとを言っても、いざ武力で攻撃をされれば、武力で返すしかないのが現実だ。外交による話し合いには限度がある。それは歴史が教えてくれるだけでなく、ごく最近世界中で起こった紛争でも同じことがいえる。
 だけど、実際に戦場に追いやられ、悲惨な目に遭う人々のことを考えるといたたまれない。それに子供を含めた一般市民が犠牲になることも。だけど、何もせず手をこまねいていれば、さらなる犠牲がでることにもなる。または、支配され、奴隷のような扱いを受ける立場に追いやられてしまう。
 どこの国も、そんなことを避けたいがためにも軍隊を保有している。現実的にはやも得ぬことだ。国際政治でも軍事力が外交交渉のカードになる。
 だが、軍隊とは国家が運営するもの。国家の命令に従って、戦争などなぜしないといけないのか。
 見方を変えると、それは国家ではなく、同じ国の人々のためだともいえる。国家は国民の生命と財産を守るがために存在する。明治時代であっても、そのために国家があったようなものだ。現代と違い、天皇が主権者となり、国民はその天皇に身を任せるという形だったが、天皇は現代と同様に象徴的な役割が主で、実権を伴うような役割が主だったわけではない。これには論争があるが、少なくとも当時としてはそれが最善に機能していたのだろう、まだ日本が国民国家として西洋の列強と対抗できるほどに出来上がっていない時代だったから。
 民主主義になった今は、国家は主権在民の命令で動くことになっている。だから、国家は我々の僕であるからこそ、国民は国家に注文をつけ、国家を批判し国家が我々のために尽くすようにさせるようにできる。
 国家を単に悪としてみても、意味がない。批判ばかりしても結局のところ、それに依存せざる得ないのが国民である。国家は、ある種の共同体だ。大きすぎるので、共同体として認めるには無理があるかもしれない。
 だから、日の丸や君が代なんてものを押しつけられるのには反感が生じる。だけど、いざとなったら、そこに依存していかないと、自分自身がもたなくなる。批判しながら依存するという矛盾。
 国家に忠誠を尽くす、ということは自らの属する共同体に忠誠を尽くすことで、自らの利益に叶うことだともいえる。
 あの時、一体となって戦った。同志と一緒に万歳三唱をした。恐怖が襲ったが戦うべきだと思った。そうでなければ生き延びれないからだ。
 自分はロシアに対して牙を剥いた。同じ人間なのに、殺してやりたいと思った。うち負かして敵の戦艦に火をつけ喜びを感じた。どんな人間にでも備わっている本能か。

 戦争というのは、そういうものなのか。戦場で狂い人間性を失う兵士達の心理を体感した感覚だ。
 ならば戦争なんてなくしてしまえばいい。だから軍隊なんて廃止すべきだと主張したいが、実際、そんなことは現実世界をみる限り理想主義に過ぎない。世界中の多くのところで戦争ばかりやっている。どんなに非難をしてもなくならない。
 人類が存続する限り、そんなことに付き合っていかなければならない。「戦争反対」と叫ぶことはダーディなことだと忌み嫌い目を背けているだけに過ぎず、それそのものを減らしていくことにはつながらない。こんなの平和主義ではない。
 そんなダーティなことを誰かがしないと、結局、解決しない。それが現実で、その現実の中でいかに平和を維持していくかを考えなければならない。
 それを我々の先祖はずっとしてきた。あの時見た明治の人々は小柄であった。つまり現代に比べ栄養状態が断然違った。だけど、あんな戦いをしてでも日本を守った。それほどまでに国のために尽力した人々がいた。先祖が守り抜いてくれた日本、自分にもそれは引き継がれている。
その後、日本は誤った国策により戦争を始めひどい負け方をしたのだけど、それでも独立国家となったのなら自分の国を守っていくしかなく、そのためには軍隊が必要なのだ。
 引き継がれた自分に何ができるのだろうか。
 自分は若く何もできないけど、できることは何をすべきかを学ぶこと、そして、学んだことで自らを活かして貢献することだ。
 源太は、そんなことを考えながら道を歩いていると、理髪店の看板を目にした。
JSDFbase


 横須賀海上自衛隊基地の入隊応募受付事務所に多神寿朗海草長はいた。急な用事で、式典会場の三笠公園から事務所の方へ引き戻された。
 というのは新入隊員で坊主頭になるのを拒否した者がいて、それをどうにかしてくれという呼出を受けてしまったのだ。
 軍隊に入隊したら、新兵はまず断髪をするのが当然のしきたりだ。だが、生まれて一度も坊主頭になったことのない彼らには拒否反応があったようだ。
 そこで多神は、ならば一緒に坊主頭になろうと一緒にバリカンで坊主頭になったのだ。隊員達のベテランの上官と一緒に坊主になるということでむしろ嬉しくなったようだ。
 多神は、新入りがかわいくてたまらなかった。新しい仲間が増える。若くフレッシュな隊員を見ると自分も初心に帰れる。
 そういえば、あの男はどうしたのだろう。式典に置き去りにしたが。あいつは今まで見た中で自衛官として一番有望な奴だった。体格といい、負けん気のありそうな性格といい。
 だが、訳の分からない思想にかぶれて、自衛隊を忌み嫌っている男だった。何とか引き込めないかと思い、式典で三笠に乗せた。あの三笠に乗ってかつての戦士のように艦上にいれば少しでも考え直せるのではないかという思いつきであったが。なんといっても、あの三笠は多神の高祖父が乗艦して戦死を遂げたところでもある。高祖父の魂が宿っている。あの男に語りかけてくれればとの想いがあった。
 どうなったのだろう。しかし、あいつは最高にいい。もし新入隊員となったら絶対に自分がしごく。そして、あの鍛え上げている肉体をさらに鍛え上げればどんなに見物になるか。
 突然、事務所の玄関のドアが開いた。誰だと思い振り向くと、坊主頭の青年が。あ、見覚えが、髪型が違うが。
「すみません。自衛隊入隊の応募にやって来ました野崎源太という者です」
 源太は敬礼をしながら言った。多神と源太が顔を合わせる。ほぼ三時間ぶりだ。もっとも、源太の記憶では、この顔は三ヶ月以上も付き合わされている。多神は、坊主頭となって入隊を希望する源太の姿にびびるほど驚いた。
「多神さん」
と源太は言った。
「野崎君か。どうして入隊をすることにしたんだ。君は自衛隊になど入らない人間ではなかったのではないか」
と多神は言った。
「自らの平和主義を実現するためです」
と源太。
「平和主義? そのためには軍隊などあってはならない。戦争などしてはならないと思っているのではないか」
「いいえ、平和のためにも軍隊は必要なのです。それが真の平和を実現する意味で重要なのです。平和をただ願ったり、祈ったりするだけでは平和は守れません。この国の平和を守りたいのです」
「自衛隊に入隊したら命を落とすことも覚悟しなければいけないぞ。俺のひいひい祖父さんはあの三笠でロシア艦隊の砲弾攻撃で命を落としたぞ。御国のためにそんなことができるのか」
「はい、その覚悟です」
「この国をそれほどまでに愛しているのか」
「愛しています。人は自らが生まれ育ち、これからも生き続ける国を愛すべきです。それは自らを愛すことにもつながります。我々の先祖はずっとそのために努力をしてこの国を築き上げてきました。それを引き継ぎたいのです」
「そうか、それだけ分かっているのなら、君は我が海上自衛隊の新しい仲間だ。この国の平和と世界の平和を守るため出航といくぞ!」
と多神は大きく微笑み言った。
 源太も返すように微笑むと言った。
「ヨーソロ!」



この小説の著作権は、著者でありこのブログの管理者である海形将志に帰属します。転載をお断りします。

尚、この小説は、タイムスリップ3部作として、「インペリアル・ホテル」と「私をスキーに連れてっての時代につれてって」と共に出版予定です。
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三笠 | 22:18:07 | Trackback(0) | Comments(0)
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